11話 終宴の碧

 紡がれる巫女の言葉を、ヒズルとラージャは驚きを持って聞き入る。

 その言葉に偽りが無いことは解かる。

 身に染み入るのは、言語にあらぬ記憶だ。

 

 言語を越えた魂と魂の触れ合い。

 曲げられぬ真実が、三者を交わらせる。

 

 

 

 ――西と東の戦いが始まり、三年が過ぎた。

 この頃より、西の軍に『魔導師』が加わった。


 それは、西の軍勢に確変をもたらした。

 それ以前の『魔術師』とは異なる能力者であった……。




「ラージャ……?」

 ヒズルは、思わず彼を呼ぶ。

 『魔術師』とは異なる、との語りに戸惑ったからだ。


「オレも……良く知らんけど……」

 ラージャは口篭もる。

「『魔術師』は古い時代の呼び名で……違うってのか?」



左様さようである……)

 巫女は応える。

(『魔術師』は自然の摂理を解き、力をむ者。『魔導師』は『シン』との『結び目』を自ら断ち、『シン』の力を呼び出して戦う者……)


 だが、ヒズルは今ひとつ理解できず、『魔導書ベスティアリ』に綴られる異国文字を読み直す。

 ラージャは己が胸を押さえ、眉をひそめる。



(最初は、西の騎士と東の兵士たちの戦いであった。だが戦火の広がりと共に、西の魔術師と、東の呪術師が戦線に送られた……)


 巫女の哀切なる語りは続く。

 


 ――魔術師の炎は地を焼き、風を焦がした。

 敵地の川と泉は枯れ、大地の作物は枯れた。


 呪術師の呪いは、敵の心臓を止めた。

 傷から流れた血は、止まらなかった。


 だが、西の魔術師たちに変化が起きた。

 自然は、彼らの霊唱に応えなくなった。

 火も風も水も大地も、霊唱を無視した。

 

 火は森を焼くのを拒否し、水は地を呑むのを拒否した。

 当然であろう。

 四大精霊の姉妹たちが、互いの破壊を望むなど在り得ぬ。


 術を失った魔術師は、もはや木の人形に過ぎぬ。

 亡骸は切り刻まれ、炎にべられた。



 かくして西の国々は、魔術師に代わる者たちを前線に出した。

 現在に続く魔導師である――。



 ヒズルは『魔導書ベスティアリ』に触れる。

 エオルダンに見せられた幻影を思い出す。


 白髪交じりの男性と向き合う、美しいテオドラ。

 その男性に造られた直後の女神――。

 そうした『シン』との結び目を断った魔導師――。



「ミカギさんよ、詳しく教えてくれて感激するぜ」

 ラージャは、いつもの口調を取り戻す。

 相手を恐れぬ、皮肉めいた口調を。

「そんな話は、師匠に何度も聞いたけどな」


(では……そなたが知らぬ我が罪を語ろう……)

 巫女の声は、大気に小波さざなみを立てる。




 ――東の国々は、次第に追い詰められた。

 宗主国グ・シン公の下に結束はしていた。

 だが、西に接する小さな国は次々に陥落した。

 それほどに、魔導師たちの力は傑出していた。

 東の地は次第に枯れ、黄色い砂漠が広がった。


 西の騎士と魔導師たちは海を越え、グ・シン国に上陸した。

 嵐が沿岸の土地を襲い、地は崩れた。

 民は逃げ回り、捕えられた少数の女と子供は、奴隷として西に送られた。

 



(……グ・シンの民の赤い瞳。敵は、それに魅せられたのであろう)

 

 巫女の指摘に、ヒズルは我が身を思う。

 水に映る瞳は、鮮烈に澄んだ赤だった。

 では、自分は奴隷にされたグ・シンの民の子孫なのだろうか……?



(そなたが、グ・シンの血筋であることは間違いない……)

 巫女の口調は穏やかだが、語られる記憶は惨々さんさんなるものだった。

 



 ――グ・シン国の王城も包囲された。

 国を率いる大公は、妃と子を率いて森へ逃れた。

 

 もはや、勝ち目は無い。

 捕えられれば、自分と妃たちと公子は切り刻まれる。

 若き公女たちは、敵の王侯貴族への捧げ者となろう。

 ならば……



(大公は決断した。自らの命を贄とし、伝説の『死の霊獣アン・クウ』を召喚し、敵を打ち滅ぼそうと)


 大気が寒々と震え、ヒズルの背を撫でる。

 蝋燭の上の焔は、激しくくゆる。


(大公には、我を含めた七人の巫術師ナギが付き従っていた。古き家系に連なる呪術師より選ばれた者……。巫術師ナギは『死の霊獣アン・クウ』を世に放つ術を伝承されていた……)


 巫女の声は、暗雲のように頭上を覆う。


(……決断が下され、我が姉ヨギは、他の公妃や公女たちと共に、陰神メガミの祠に入った。最期の祈りを捧げるためであると言い……皆が毒で自決した)



 ……ヒズルは、頭を下げて哀悼を示した。

 公妃たちの自決の理由は、公女たちを守るためだろうか。

 何であろうと、痛ましすぎる。

 どの国であろうが、多くの民が死に……悲しみと憎しみが広がっただけ。

 

 ラージャも――ユーウェンのペンダントに触れ、首を竦める。

 彼も非情な試練で仲間を殺され、ただひとり生き延びたのだ。

 

 巫女は、二人の真心を感じ取ったのか――空気が和らいだ。

 だが、語りは終わらない。



(姉たちの亡骸を見て、我の正気は完全に失せた。敵への憎しみを募らせた。ひとり残らず滅してやると誓った。姉たちの、死をした意を汲めなかったのだ……)



 

 ――その後の記憶は無い。

 気付いたら、我は倒れていた。

 家来や、仲間の巫術師ナギたちの亡骸が見えた。

 横には、大公の亡骸が在った。

 我を庇うかのように、大公のマントは我を覆っていた。

 

 夜空には――四足の白き竜の如きものが舞っていた。


 我ら七人の巫術師ナギが呼び出した『死の霊獣アン・クウ』の一体だった……。

 『死の霊獣アン・クウ』の碧い瞳は、我の息を捉えた……。

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