広く深く未知数

七夜月 文

第1話


「ねぇ、好きなんだけど」


放課後、自分と彼女しかいない教室で彼女はポツリと呟いた。

何かあると彼女はそう切り出してくる。

そんな脈略もなく言われた言葉に疑問形で返事を返す。


「突然なんだよ?」


鞄から雑誌を取り出し折り曲げていたページをめくり開けると、隣の席に座りキャラクターの写ったページを見せつけてくる。


「……ん。これ、見てよ一昨日発売した雑誌何だけど、私の大好きなメンダコちゃんのぬいぐるみの特集。コンビニコラボでエコバック売ってるの、すごく欲しい。今ならつがいキーホルダーが付いてくるの」


やる気のなさそうなぐにゃぐにゃした線の枠の中に点が二つある赤いイラスト。

少しの間眺めていると、それが蛸のような生き物だと認識される。


「メンダコ、何だよそれ?」

「ほら前に流行ったダンゴムシみたいなやつ。深海生物シリーズの派生形の一つだよ、今これがブームなの」


「欲しいなら買い行けばいいんじゃないか?」

「はっはっは、お小遣いはすべてスイーツに消えてしまったのです」


「なら諦めればいいんじゃないか」

「酷い、よくそんな残酷なこと言えるねぇ!」


帰る準備を済ませ彼女を待つ。

彼女は雑誌をたたむと丸めて鞄の中に突っ込みファスナーを絞め肩にかける。


「それじゃぁ帰ろうか」


二人で教室を出た。


「ねぇ、好きなんだけど~」

「好きなんだけど~、買えないんで買ってくれないかなぁって続けないあたりが嫌いだ」


「ということは、言ったら君が買って!」

「買わない、今ちらっと見たけど高い。ぼったくり価格だ」


「だよね~、まぁコラボ商品だし。仕方ないママに前借りするかな~」


階段を降り下駄箱についたところで彼女は呟く。


「そういえば、引っ越しの話したっけ?」

「ああ、再来月だろ。こんな時期に転校なんて災難だな」


「パパの仕事の都合だから仕方ない。裕福じゃないから家を2つ借りて私だけ残るってこともできないし。新体操部のみんなにもお別れ言わないとなぁ」

「なら早めに片付けとか始めておけよ、頭いいから前日勉強するだけで間に合うのかもしれないけど、引っ越しの片付けはそうはいかないだろ」


「そうそう、いらないものは早いうちに捨てておけって言われて少し整理してたらいろんなものが出てきてさ。散らかっただけで何も進まなかったよね」

「大丈夫か、二か月後までその調子じゃないだろうな」


「それがさぁ、アルバムとか日記とか出てきちゃって。覚えてる、一緒に隣り町までかくれんぼミミックちゃんの玩具を買いに行ったの」

「帰りに迷子になったやつだっけか、あの時から変なの好きだったな。目覚まし時計だっけか」


「そうそう消費税のこと忘れてて帰りの電車賃二人分使って何とか買えたやつ。なんと、物置の奥にかくれんぼミミックちゃんもちゃんと残ってた。だいぶ汚れてたけどね」

「懐かしいな、捨ててくのか?」


「ミミックちゃん? まさか、綺麗にしてまた飾っておくよ。電池変えれば動いたし。何より思い出深いし、人生最初の4桁の金額の買い物だよ」

「電車で行き来する予定が、知らない町をしかもだんだん暗くなっていくなかで子供二人っきり」


「知らない町だから交番の場所も知らないし、知らない大人怖いし大変だったね」

「ずっと俺の利き手にずっと引っ付いていたよな」


「そうだっけ? 君が私に引っ付いてきたんじゃなかったっけ」

「確か、あの日の夜風呂に入ったとき手形が残って様な気がする。爪まで立ててて湯船で染みた記憶がある」


靴を履き二人は学校を出る。

日が傾き、夕暮れに染まる空。

校庭では運動系の部活の道具の後片付けが行われている。


「引っ越ししたらしばらく会えなくなるね。まぁ、連絡は取るけど」

「進学校が同じ希望だから、会えなくなるのは半年程度だけどな」


「半年って結構長くない?」

「来年の春には卒業って考えると学校生活も短かった気が?」


「それもそっか」

「その時までにもう少し落ち着きが出てるといいな」


「どういう意味? ねぇ、そういう意味?」


彼女は手を伸ばして肩に腕を回すとぐっと引き寄せた。

少し背の低い彼女に合わせて背中が曲がる。


「絡みついてくるな歩きずらい、鬱陶しい」

「締め上げてやる」


「そういうところだよ。つか手白いな、青白い血管浮いてるし」

「ブルーブラッド、お貴族様の血なのだ。というか見るなら肌艶の方を見てほしいな、そんなところ見るなよ。異常性癖か」


彼女の腕を引きはがして学校前のバス停でバスを待つ。

道路を挟んで向かいにある駅の方へと向かうバス停に並ぶ学生たちの列を見ながら彼女は話を続けた。


「そういえば来週テストだねぇ、また勉強見てあげようか?」

「よろしく頼む。点数が悪いと塾に行かされるから遊ぶ時間が減る」


「いいともさ、君は教えがいがあって楽しいよ。どの教科でも教えてあげよう」

「ありがとう、礼はいつかする」


「なら、さっきのを買ってくれてもいいんだよ!」

「高くつくな、もっと安く済まさせて」


「引っ越すから餞別にでも!」

「そっちのご両親にはお世話になったし、もっとちゃんとした菓子折り持ってくよ。どんだけ欲しいんだ」


バスがやってくると定期を出して乗り込み車内の奥の方へと進む。

奥の席が空いており二人は並んで座る。


「そういえば、引っ越したら彼氏どうするんだ?」

「彼氏、誰それ?」


「誰って隣のクラスに仲いい奴いただろ。……隠してたのか、なら話は深く聞かないけど?」

「ああ、あいつか、違う違うそうじゃないよ勘違い。移動教室で一緒の班になっただけ、課題の相談しただけだよ。あの先生は面倒な課題を出してくるから。それはそうと、なに、私たちそう見えてた? はっはっは、そう見えてたか~」


「俺と接する時とはまるで違ったからな」

「むしろ君が他と違うとは思わないの」


「あまり男子と話しているイメージがない」

「まぁ、用がなければ話す必要もないからね」


「合唱祭や学園祭の時とかいつものテンションだったじゃないか」

「知らない人とでも同じテンションで話しかけろと? 流石に余所余所しくはなる」


彼女は一つ咳払いする。


「……お望みなら、私こちらの話し方で話しますよ。ええっと、それで私たち何の話をしていましたっけ?」

「明るく知的なクラスメイトの男っ気の無い話」


ノーモーションでアッパーが飛んできた。


家が近く帰路も同じでバスを降り彼女と一緒にだらだらと帰っていると、帰路の道に一つだけあるコンビニが見えてくる。

帰り道からは少しだけ離れるが彼女は足を止めそちらの方向に指をさす。


「コンビニによって言っていい? 喋り過ぎて喉渇いちゃった」

「いいよ、俺も夜食べる菓子でも買っていくか」


「夜食べると太るよ」

「毎日のようには食べてないから大丈夫、自分のことを気にしろ」


やや強めに彼女に背中を叩かれながらコンビニへと立ち寄る。

目的のものが違うため彼女とは一度そこで別れ、それぞれ目的のものを探しに店内を進む。

お菓子の棚とジュースの棚に立ち寄りふらっとレジ前にあるコーナーの前て立ち止まった。


彼女が言っていたやる気の無い線で書かれたキャラクターのエコバックが売っている。

ビニールに包まれた布製のエコバックにキーホルダーがおまけがついていて彼女の言っていたものと同じものだとすぐにわかった。


「……これ、か」


ふと手を伸ばして改めて気が付く、値が張る。

そしてさらにつがいキーホルダーと書かれたキャラクター2匹はまるっきり同じデザインで違いはない。

片方にリボンなり色をピンクに寄せるなりすればいいのになどと思っていると横から声を掛けられる。


「気になった? やっぱりすっごくかわいくない?」

「か、かわいい?」


いつの間にか彼女がすぐ隣にいて手にしたバックを見ていた。


「これにこれだけの価値があるとは思えないんだけど」

「そう? でもエコバックだよ、エコだよ」


「他のはもっと安かった気がする、これの半分くらいには」

「キーホルダーが付いてくるからじゃない? ほら二つもついてくるし」


「金かかってなさそうなデザインなのに、あくどい」

「人によって価値観が違うから」


そして彼女はジュースを買いにレジへと向かう。

会計を済ませ彼女がコンビニを出て行き、少し悩んだのちジュースとお菓子を元の棚に戻して彼女を追いかけレジへと並んだ。


先に買い物を済ませた彼女はコンビニの外でジュースを飲んで待っていた。


「おかえり、意外と時間かかってたね。お菓子分けてよ」

「ほら」


お菓子を集りにやってきた彼女い、会計済みのテープの張られたビニールに入ったエコバックを渡す。


「あ……」


彼女はそれを受け取りすぐに封を切る。

折りたたまれた布製の生地を広げ彼女はそれを笑みを浮かべて握りしめた。


「全く嬉しい限り、しかし買ってくれないはずでは? はっはっは、冗談、ツンデレだな君は」

「ありがとうが先だろ、正直じゃないな」


「君が言うかい?」

「それもそうか」


彼女はおまけで着いてきた二つあるキーホルダーの一つを差し出す。


「そんなツンデレ君に、このつがいメンダコちゃんを一つプレゼントしよう。この子を布教してくれ」

「いらない、興味ないしつがいってデザイン一緒だろ」


「まぁまぁ、鞄にでも付けてくれ。なくすなよ?」

「こっちのセリフだ」


半ば押し付けられるようにキーホルダーを渡し彼女は残りのジュースを飲み干して歩き出した。

コンビニから離れると彼女は数歩先を歩き、手を高く伸ばす。

彼女の指からぶら下がるチェーンにつながった蛸のキーホルダーが、オレンジ色の夕焼けを反射しながら揺れる。

そして先を歩く彼女はこちらに振り返らずに空を仰いで声を発した。


「ねぇ、好きなんだけど」


彼女の脈略もなく言われた言葉に疑問を返す。


「主語を言ってくれ、今度はなんだ」


彼女は鞄で顔を隠すと振り返った。


「……私は、君が……さ」


そう言って彼女は鞄を少し下に下ろして様子をうかがうようにこちらを見る。

彼女の顔は耳の先まで赤かった。

そんな彼女の声と表情を見て顔から火が出るように熱くなる。


返事を返すことができず、無言で手を差し出すと彼女は両手でそれを強く握った。

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