レンアイセンサーボーイ

砥石 莞次

第1話

あんなに騒いでいたのが、嘘みたいに静かになった。うんざりするほど飛び交っていた黄色い悲鳴も、今はもう聞こえない。それもそうだよね。


遡ること2間前。隣のクラスに転校してきたのは、アイドルみたいにカッコいい男の子。波川快斗なみかわかいとくん。通称レンアイセンサーボーイ。このニックネームがついたのはつい最近のこと。彼はとにかく向けられる好意に敏感で、どれだけ遠く離れた場所で恋バナをしていても、ビュンとすっ飛んでくる。迂闊に「快斗くんが好きなんだよね〜」とか「気になってるのは快斗くんかなぁ。イケメン、大好きなの」と言おうものなら、彼のセンサーがビビビッと反応。いつの間にか横にいて、


「もしかして君、俺のことが好きだったりする?」


としつこく聞いてくるらしい。そんなんだから、誰も彼へ好きだと言えなくなった。友だちに相談することだってできない。みんなの前で、「俺のことが好き?」なんて聞かれるのは恥ずかしいし、その後何て答えるのが正解か分からない。勢いに任せて告白して、「ありがとう。嬉しいよ」で終わり? 色々な人に聞いて回るってことは、特別な1人を探しているわけじゃない。あの人はきっと、


「チヤホヤされたいだけのイケメンなんだ!」

「それって誰のこと?」


無意識のうちに、声に出していたみたい。親友の咲香さきかがニヤニヤ笑いながら声をかけてくる。その顔ったら、イタズラを仕掛ける時の子どもみたいだ。わっるい顔!

自分が考えていたことを話そうとして、すんでのところで思いとどまる。危ない危ない、快斗くんが飛んできちゃう。なんでもないですよって顔を作って、その質問をスルーする。


「大変だねえ、アンタも。レンアイセンサーボーイ相手にこ」

「あーーーーー! 咲香ちゃんの足にタランチュラ!」

「ちょ、大きい声で大嘘つかないの!」


教室中の視線が刺さって痛いくらいだけど、彼が来るよりはマシ。あのまま黙っていたら、咲香ちゃんはこう続けたハズだから。「恋しちゃって」と。ばっちりセンサーに引っかかる。私がギロリと睨むと、賢い咲香ちゃんは全て察してくれた。


「そうだったね。あーもう、面倒くさい! ダルい!」

「確かに面倒だけど、お願い。バレたら終わりなの。ザ・エンドなの」

「ジ・エンドね。エンドの頭文字が母音でしょ」


やれやれと肩をすくめて、咲香ちゃんは自分の席に座る。私の真後ろだ。くるっと振り返れば、またお話しができる。


「大体さ、あんなヤツのどこがいいわけ? あれはね、チヤホヤされたいだけのイケメンだよ」


どこかで聞いたような、というか私が言ったセリフだ。ほんの数分前に。なのにどうしてか、自分以外に言われると否定したくなる。胸のあたりがモヤモヤして、違うって叫び出したくなる。教室のド真ん中、快斗くんの机の上に飛び乗って叫んだら、みんなはどんな顔をするんだろう。おかしな想像を頭から追いやって、私は昔の記憶を引っ張り出す。昔と言っても、たった2週間前のことだ。

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