「聖王の侵略 ーバイバルス戦記ー」 エピローグ旧版

※こちらは拙作「聖王の侵略 ーバイバルス戦記ー」のエピローグの旧版です。

(作品URL:https://kakuyomu.jp/works/16816410413886004196





 王弟アルトワ伯ロベールは、マンスーラの民家に潜んでいるのを発見され、そして討たれた。

 聖王ルイの弟として生まれ、武勇を誇り、エジプト王となる身であったが、その努力を虚しくして、生涯を終えた。


 マンスーラの外にて、ポワチエ伯アルフォンスとアンジュー伯シャルルは、兄であるロベールの死を知り、その遺骸の引き取りを交換条件に、撤退を余儀なくされた。


 驚き歎いたのは、ルイ九世である。


「……やはり止めるべきであった」


 後悔しながらもルイ九世は敗兵をまとめ上げ、アイユーブ朝の追撃戦をしのいだ。

 うのていの十字軍であったが、さらなる不幸がつづく。

 このタイミングにおいて、アイユーブ朝の王子、トゥーラーン・シャーがイラクから戻り、艦隊を用いて、十字軍の兵站を襲撃したのである。

 補給、そして本国との繋がりが断たれ、十字軍は一転、敗勢の窮地へと追い込まれた。

 ルイ九世はここでアイユーブ朝にダミエッタとエルサレムを交換交渉による休戦を模索したが、今度はアイユーブ朝がこれを断ってきた。


「……やんぬるかな」


 ルイ九世は進退窮まり、とうとうファルスクールの戦いにおいて捕らえられ、虜囚となってしまった。

 巨額の金銭を積み、ルイ九世の身柄は解放されたが、これをもって、第七回十字軍は完全に失敗に終わった。

 失意の聖王はフランスへ帰国することになるが、彼はまだあきらめておらず、第八回十字軍を率いて、再び聖地を目指すことになる。



 一方のアイユーブ朝であるが、トゥーラーン・シャーが国王スルタンとなるが、彼は十字軍の功労者であるシャジャル・アッ=ドゥッルやバフリー・マムルークを権力から遠ざけようとした。やがてトゥーラーン・シャーとシャジャルの対立は激化し、ついにシャジャルはバフリー・マムルークを用いてクーデターを敢行、国王の座を手中にした。

 世にいうマムルーク朝の創始である。

 女王スルターナとなったシャジャルは、やがて国内をまとめるべく、有力者であるアイバクと婚姻し、名目上はアイバクを国王とし、シャジャルは王妃として統治を開始した。

 しかし、アイバクはこのような夫婦と政治のかたちに不満を持ち、バフリー・マムルークの長、アクターイを殺害してしまう。


 シャジャルはバイバルスに逃げるよう勧めた。


「妾は逃げられぬ。しかしそなたらは行くが良い」


 シャジャルはアイバクとの血みどろの暗闘の末、アイバクを暗殺したものの、その部下であるクトゥズという男に捕縛され、やがて惨殺されてしまうことになる。


 クトゥズはホラズムの王の子孫であると称していた。



 ……曠野こうやの中、その男女は馬に乗って進んでいた。


「案ずるな、わたしがいるかぎり、あの自称ホラズムに……引けなど、取らん」

「……それはありがたいな」


 バイバルスとゼノビアは、エジプトを脱出後、付き従うカラーウーンらバフリー・マムルーク、そしてホラズム傭兵軍たちの拠点となる場所を探し求めていた。

 バイバルスは、隣のゼノビアに言う。


「ついて来なくとも、良かったんだがな」

「一生ものだ、と言っただろう」


 輝くように笑うゼノビアに、バイバルスは頭を掻いて、照れを隠した。


「それに、お前には、あのモンゴルを倒してもらわねばならん」


 それがホラズム傭兵たちがお前を支援する条件だ、と付け加えた。


「十字軍だけでも厄介だったのに、あんな恐ろしい連中まで、か」


 荷が重い、と言いたかったが、バイバルスはそうしなかった。


「……信じておるからな」


 そら来た。

 それが師としてのものだか、それとも別のものだか分からぬが、悪い気はしない。

 苦難に満ちた放浪だが、未来に光が見える気がした。


「では行こう……付いてきてくれ」

「ああ。一生ものだからな」


 微笑むバイバルスとゼノビアは、やがて川が流れているところについた。

 二人はそこで少し休むことにした。

 土地の住人に、地名を聞いた。


「アイン・ジャールートでございます」


 巨人ゴリアテの泉という意味らしい。


 ……数年後、この地にて、バイバルスはモンゴルを撃破することになるだが、そのことをバイバルスもゼノビアも、この時は知るよしもなかった。



【聖王の侵略 完】




※このエピローグ自体の「完」であって、このエッセイが終わるわけではありません。あしからず。

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