ジャンケン必勝法/AIの妖精ルナ先生の名推理

坂崎文明

ジャンケンは最初に何を出すのか問題

「【ルナ先生】に質問ですが、ジャンケンって、最初には何を出せば勝てますか?」


 小学六年生の女生徒の一人が手を上げて早速、質問した。

 黒髪のショートカットの授業ではいつも積極的な黒鉄美里くろがねみさとである。


「パーですね」


 教壇の少し上にVR映像として中空に浮かび上がっている、妖精のような少女が即答した。

 人工知能A Iの妖精【ルナ先生】と呼ばれていた。  


「私、絶対、パーだと思ってた」


 美里は嬉しそうに言った。


「性格によって、出す手が違ってきますね。パーを出す人は策略家さくりゃくかかつ陰謀論者いんぼうろんじゃです」


 ルナ先生は断言した。

 それを聞いた美里は一瞬、絶句する。


「ひどい! ルナ先生。その根拠はなんですか?」


 多分、ちゃんとした理由があるのだろうけど、無駄な抗議と思いながら問い詰める。


「ジャンケンというのは、グーを出す人が一番多いんです。次に多いのがパー。一番少ないのがチョキです。そして、その選択の鍵を握るのは、その人のパーソナリティだと統計的にも判明しています。グーを出す人は素直、パーは策略家、チョキは奇人変人ですね」


 教室の生徒がどっと湧いた。

 生徒達は口ぐちに、やっぱり、自分は素直だとか、策略家じゃないとか、奇人変人かもねとか議論が白熱しはじめた。


 そこは白鷺しらさぎデータサイエンス大学付属小学校のとある授業の教室である。

 生徒が気になるニュースやトピックスなどを人工知能A Iのルナ先生とディスカッションするのだが、毎回、議論が白熱して、かなり人気のコマになっていた。 

 私立である白鷺小学校(長いので省略)では授業の一部が選択制になっていて、ルナ先生の授業は大変、人気になっていた。

 副担任は人間である飛騨亜礼という教師がいたが、空気のような存在であり、白いカッターシャツを肘までくり上げて腕組みをして目をつむっていた。

 生徒の間では居眠り疑惑があった。

 6月上旬だが、気温は少し高い。

 その飛騨が突然、立ち上がって黒板に白いチョークで板書を始めた。

 とりあえず、起きてたみたいだ。

 生徒全員にノートパッドPCが配布されてる時代に、未だに黒板があるなど、時代錯誤とも言える。

 学年主任の話では、電磁パルスE P M爆弾で電子機器が破壊された場合を想定して、アナログの授業手段も残しているらしい。

 どれだけサバイバルな学校なのか。


 生徒の議論が落ち着いたのを見計らって、ルナ先生が話を続ける。


「その理由を説明します。ジャンケンというのは勝たないといけないと思い、みんな緊張します。だから、ついつい力が入って、最初はグーを出しがちです。それが分かってる頭のいい策略家または、ジャンケン必勝法という本を読んでる読書家はパーを出すことになります。この思考の枠に収まらない奇人変人はチョキをだす訳ですね」


 なるほどと多くの生徒が頷いている。

 飛騨先生が黒板に、


【ジャンケン必勝法】

その1 基本パー>グー>チョキの順に出す。同じ手はなかなか出しずらい、と書いた。


「でも、【最初はグー】で始めた場合は何となくグー出しにくいですよね?」


 策略家と呼ばれた美里がなかなかいい所を突く質問をしてきた。


「あなたは、なかなか賢いですね。流石。その場合はチョキ、パー、グーの順に出す人が統計上多くなりますね」


「何となくそれ、分かります。【最初はグー】ならグーを続けて出したくない。グーが続かないなら、パーかチョキの二択でチョキを出せば勝てそうな気がします。ひょっとして、前に出した手に負けるような手を次に出した方がいいとか?」


「ご名答です。確かに、そういう心理法則もありますね」


 ルナ先生の興味深い話に生徒全員がき込まれている。

 飛騨先生は無言でチョークを走らせる。


【ジャンケン必勝法】

その1 基本はパー>グー>チョキの順に出す。同じ手はなかなか出しずらい。

その2 最初はグーの場合、チョキ>パー>グーの順に出す。

その3 次に出す手は、出した手に負ける手を出すと勝ちやすい、と書いた。


「でも、私のような奇人変人は最初にチョキを出しますよ」


 チョキ派の小柄で個性的な性格の千堂薫せんどうかおるが議論に参加してくる。


「なんだ。やっばり、最後は俺のようなグー派が勝つのか」


 グー派のなかなかのイケメンだが、性格はふてぶてしい森山涼介もりやまりょうすけも負けてはいない。


「だから、ジャンケンは面白い。人生というのは計算通りには行かないし、三つ巴のジャンケンの心理戦は人生の縮図かもしれませんね」


 ルナ先生が話をまとめようとした時、美里が更なる人間心理の暗黒面を開示する。


「でも、心理誘導で相手に勝つ方法もありますよね?」


 美里は今日一日で、自分のあらゆる暗黒面を展開する気らしい。

 明日から友達いなくなるぞと飛騨先生も秘かに心配していた。


「そうきたか。まあ、どこかの呪術マンガの術式開示じゃないけど、グーを出すと宣言されると、パーは出しずらいし、負けそうなチョキも出しずらいし、グーを出してアイコ、チョキなら勝てそうだから、グーを出したくなる。なら、グーを出すと見せかけてパーを出せば勝てるという法則も成り立つか。なかなか興味深いですね」


 とルナ先生もいろいろ悩みだした。

 量子コンピュータを実装してるので、実際は一瞬だけだが、最近は人間的な遅滞思考も出来るようになってきている。


「ルナ先生、実は俺、必勝法知ってるんだ。小泉、俺とじゃんけんしろ」


 先ほどのグー派の涼介が友人らしい小泉君とじゃんけんを始めた。

 最初はグー、ジャンケンポンで何回か勝負したが、確かに、グー派の涼介の勝率は7割ぐらいで確かに高い。


「あ、森山君、ズルしてるでしょ? たまに後出し気味になるじゃん」


 奇人変人と呼ばれたチョキ派の薫が鋭く突っ込んだ。


「バレたか」


 涼介は頭をかく。


「確かに、後出し気味になるのが欠点ですが、その技術は【拳読けんどく】という日本ジャンケン協会のHPにも載ってるテクニックですよ。拳を開く気配ならチョキかパーの二択、開かないならグーになるので、かなり勝率が上がりますね。それとは逆に、【先見せ】という最初にパーをみせてチョキを誘発し、グーで勝つというテクニックもありますよ」


 ルナ先生が更なる解説を加えた。


「俺、次はそれにする」


「サイテー」


 女子数人からブーイングを浴びる涼介であった。

 名前は爽やかなのに。


【ジャンケン必勝法】

その1 基本はパー>グー>チョキの順に出す。同じ手はなかなか出しずらい。

その2 最初はグーの場合、チョキ>パー>グーの順に出す。

その3 次に出す手は、出した手に負ける手を出すと勝ちやすい。

その4 グーを出すと言って、相手の出し手を誘導する方法もある。

その5 気配から相手の出し手を読む【拳読】、先にグーを出してパーを誘導する【先見せ】などの高等技術も存在する。


 飛騨先生がいつの間にか黒板に必勝法をまとめていた。

 ジャンケンがこんなに頭脳戦だと分かって、生徒たちは感心していた。


「ジャンケン必勝法は確かに沢山、存在しますけど、普通は何となく無意識で手をだします。この話は、何事もデータ分析によって最適な方法を導き出せると言う事を示しています。何か予想外の事が起こっても、決して諦めずに、冷静に解決法をみんなで考えて欲しいと私は思ってます」


 生徒の間から拍手が自然に生まれた。

 後に、この白鷺小学校を揺るがす大事件が起こる事になるのだが、その時、生徒たちはこのルナ先生の言葉を思い出すことになる。


「さて、それでは黒鉄さん、私とジャンケンをしましょ。私は最初に何をだすでしょう?」


 ルナ先生はいたずらっ子のような視線を黒鉄美里に向けた。


「たぶん、チョキをだすと思います」


 美里は確信を持って断言した。


「え? その理由は?」


 ルナ先生はいかにも意外そうに訊いてきた。

 策略家はパーを出すと彼女はさっき言っていたからだろう。


「先生、私、策略家はパー、チョキは奇人変人という話は納得できません。確かに、ジャンケンでグーを出す素直な人に比べたら、パーとチョキは明らかに何か策略家的に思えます。ですが、パーを出す人はグーを優しく包み込む人とも言えますし、普通は緊張する場面でリラックスしてる人とも解釈できます。本当の策略家はチョキを出す人だと思います」


「なるほど、よく気づきましたね。私のミスリードに。折角、長々と罠を仕掛けておいたのに、見破られましたか。と言う事で、学校の先生と言えども、いつも正しい事を言うとは限りません。そういうことも皆さんに知って欲しいと思いました。ただ、物事にはいろんな解釈がありますので、鵜呑みにせずに、自分の頭で考えましょう。では、授業を終わります」


 今度は先程より大きな拍手が巻き起こった。


 黒鉄美里はこの数ヶ月後、「白鷺小学校猟銃立てもり事件」で、この授業の内容を思い出して大活躍し、森山涼介、千堂薫らと共に【白鷺小学校の神7かみセブン】と呼ばれる事になるが、それはまた別の話である。

 とりあえず、今日は暴落していた自分のイメージアップを図れて大変満足してる一人の女子小学六年生であった。

 飛騨先生の心配は杞憂に終わったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジャンケン必勝法/AIの妖精ルナ先生の名推理 坂崎文明 @s_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ