101話 それは夢だったか
「みっちゃん、目覚ましたってよ」
「……そう」
その言葉をきいてほっと胸をなでおろす。ひとまず命があってよかった。
「アイもまだ酷い顔してるけど。少し休んだら?」
「まあ、な」
ナツメが買ってきてくれた缶コーヒーを投げ渡してくる。ひんやりとしていて、夏の屋外には随分と心地いい。まあ、日陰にいるのでそんなに暑いわけでもないのだが。
「……なあ、そろそろなにあったか教えてくれてもいいんじゃないか?」
「別に……あいつが発作起こして急に倒れただけ」
「オレたちのこと呼んだとき、「オレのせいだ」ってずっと言ってたのは何?」
普段は鈍感で、そのくせ自分の感情については結構激情的な癖に、こういうときばかりは妙に冷静で困る。
「同じ部屋にいて、気づくのが遅れたから……ついそう出ただけ」
「ふうん」
納得がいってないような生返事が返ってくる。まあ仕方ないだろう。
━━━……
「……死んだ、ほう……いいなんて、い、うの……?」
「っおい、落ち着けって、おい!ミタカ!?」
さっきからゼイゼイと軽い発作を起こしている音はしていたが、みるみるうちに普段からお世辞にもいいとは言えない顔色がどんどんと悪くなっていく。まずい、やりすぎた。
「……っひゅ…………」
引っかかったような湿っぽくて不安定な呼吸の音が、少しずつ小さくなっていく。これ本当に喉詰まらせてるんじゃないか?背中をさすってやっても一向に改善する様子もなく、胸元の方を支えている手にぼたぼたと生理的に零れてきたであろう涙が落ちる。
「なあ、しっかりしろ、なあって」
肩を揺らしてもほとんど反応がない。それどころか、意識が飛んでいるのかやけに彼の体が重く感じる。薬を吸わせようにもこれじゃほとんど上手く吸引することができないだろう。素人でどうこうできるレベルじゃない。布団に体を支えさせて、外で警備についている警察官に救急車を急いで呼ぶように頼んだ。
「オレのせいだ……」
判断を誤った。いや、自分もだいぶ気が立ちすぎていた。頭の中を猛スピードで埋め尽くしていった事実に向き合えるほどまだ冷静ではなかった。それに、こればかりはどうしても”他人に口外できない”。警察が妙にオレたちのことを疑っているのも、監視しながら保護をしているのも、全て辻褄が合う。
それに、これだけはどうしてもミタカに言えるわけがなかった。言ったらアイツはどうなる?思い出したらどうなる。考えたくもない、絶対なにがあったとしてもアイツにだけは言うことができない。耐えられるわけがない。
こうなるとやけにこいつが家族にこだわるのも合点がいく。というか拘ってしまうだろう。前”あんなこと”があったのだから。むしろこいつがそう言い続けていたのはそれが当たり前だと思っているのではなくて、きっと切実な願いだったのだ。思えば思うほど悪いことをした。
だけどこいつにだけは真実を教えるわけには行かなかった。どんなに疑われても罵られても構わないと思っていたけれど、やっぱり自分の中に吐き出してしまいたいという感情があったのか、上手くかわして耐えることができなかった。でも確かに脅迫したところで……余計に疑われるだろう。けれどじゃあうまくかわすことができるか?今更何事もなかったように暮らしていこうなんてオレの口から言っていいわけがないだろ。やりようはあっただろうと自分を責める声と、どうしようもなかったと自己弁護する声が頭の中で反響し続ける。
これじゃ、本当に死んでしまう。どうにかして、ミタカのことは助けないと。
今度こそ……幸せにしてやらないといけないというのに。
……━━━
「……このまま、犯人もわからずにオレたちバラバラなのかな」
「……」
「なんで母さん狙われなきゃいけなかったんだろうな」
「……」
「なあ、アイ」
「このまま、何も知らずに生きていけばいいって言ったら、怒るか?」
「お前が言うか、とは思うけど」
「……そう、だよな」
「やっぱりなんか、あったんじゃん」
「言うなよ……」
表現として正しいかどうかは不明だが、オレとしてはナツメに納得してもらわないといけなかった。きっとミタカもこれで諦めてくれるとは思わないし、でっち上げのウソを適当にはけるほどオレはよく出来ていない。
「オレの母親がわかった」
「……そう。遺品、漁ったの?」
「うん。で、まあ、記憶もない人をいい人悪い人って区別すんのはどうかと思うけれど、オレとしてはあまりこの人の子供として過ごしたいと思えない人間だった」
それに関しては本心だ。あの人と比べたら、カオリさんは随分と良くしてくれたものだ……理由が理由だろうけれど。彼女にも随分と深い業を背負わせてしまった。結局自分はただただ無力で、判断を間違え続けている。
「そう……」
「多分、お前らもそうなんじゃないかって思って。それなら知らないふりして生きたほうが……」
「知って、すっきりした?」
「まあ」
すっきり、というよりまあ……自分がどうしてここにいるのかを思い出したに過ぎないのだけれど。色々と納得をして、これからの身の振り方を考えないといけないとは思っている。
「……まあ、それがあって前に進めるのであればいいことだよ。きっと」
「そうか……?まあ、うん」
それはきっと、前に進むことではないのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます