73話 暴いて、あけすけて…②
「……そういえば、例の彼女さんとはどうなの?上手く行ってる?」
「随分話題変わるなぁ……最近は仕事のことで迷惑かけっぱなしで」
わかりやすくしゅんとする。というか確かに以前会った時よりも顔に疲れが出ているように見える。
「かっこ悪いところばっかり見せてる感じで……」
「でも彼女さん、あれ完全にユキくんのこと溺愛してる感じじゃん」
偶然今来件に連れてこられたときに一度見かけたくらいだけど、あの時点でああこれ狙われているな、という感じはしていた。というかそれにユキくんが全く気付いてなさそうで、これは苦労するぞ〜とちょっと楽しんでいたのも事実なのだが。人の色恋に興味を持つなんて女子高生じゃあるまいし、自分でも趣味が悪いぞ、と思いつつ好奇心はどうしようもない。
「なんでオレなんだろうね。もっとふさわしい人、たくさんいると思うんだけど」
「……」
前々から思っていたけれど、彼はどうにも自分を客観視する能力が著しく欠けている。どう考えたって公務員でその年齢でこの顔であの性格だ。スペックだけで見たらそんな卑下するほどでもない。どこで自信を無くしてきたのか。何もないおれから見たらそれは少し傲慢に思うが、本人がそう自認してしまっているあたりそれを責めても気に病むだけだろう。それか……それを理解しておいてわざとそう振る舞っているか。
「とりあえず今日はこのくらいでおしまい。買い物とかしたいからオレはそろそろ退散するね」
そう告げながら彼が椅子から立ち上がった瞬間だった。ふわりと彼の体が揺れ、すてんと彼が尻餅をついた。
「ユキちゃん!?」
「った……」
どうやら打ち付けたところよりも頭の方が痛いようで、頭を抱えた体制のまま動かない。
「……大丈夫?立ちくらみでもした?」
しゃがんで様子を見てみると、元々色白だから気がつきにくかっただけでだいぶ顔色が悪い。呼吸も浅くて早い。
「立てそう?」
「……ちょっと……きもちわ……るい……」
「チーさん、店の奥とかって横になれる場所ある?」
「ん、ああちょっとまって。長座布団しかねえけど敷いてくっから」
状況を察したのか、チーさんが店の奥に引っ込む。ピークタイムをすぎているから幸いおれたちの他に客はいなかった。症状を見る限り立ったときに脳に血が回らなかった可能性が高そうだった。
「体調悪かったの?」
「……少し、頭痛と……吐き気して……」
判断は間違ってなさそうだ。このまま座らせててもある程度回復するだろうけれど、横になった方がだいぶ楽になる。そのままチーさんと二人で奥に引き連れて休ませると、余程調子が悪かったのか眠りについた。
「悪いことしちゃったかな……」
「別に浅間くんは悪くねえよ。……最近ユキちゃん忙しいみたいでさ、ずっと調子悪そうなんだ」
忙しいにしても、普段は健康体でがっつり働いているような彼が、あそこまで体調を崩すのはただ事ではないように思える。基本的にあまり他人の厚意に甘えない彼が、素直に気を失ったというのがどのくらい余裕がなくなっているかの答えだろう。
「なにかあったの?」
「聞いてねえのか?」
「……なにも」
カウンターで水を入れてもらいながら、チーさんはすこし言いにくそうな顔をして続けた。
「殺人事件」
「……?」
「ユキちゃんたちが見てる人たちが、狙われて殺されてる、らしい。それの対応に追われてるって」
「どういうこと、それ」
確かにここ最近、高齢者が自宅で毒物を飲んで亡くなっていたなんてニュースを二件くらい見たような気がする。ただ、記事の内容だけじゃ他殺か自殺かも不明で、続報も特になかった。
「……内容が内容らしくて情報をあんまり出せねえみたいなんだけどよ、ほら、オレもまえユキちゃんに面倒みてもらってるから、危ないから警戒しとけってちょっとだけ教えてもらったんだ。ユキちゃん経由でうちにくるようになったお客さんもいるし、それとなく知らない人を家にあげないように言っておいて……なんて頼まれてたんだけども」
そういえば、この間彼がきたときに特に変わったことがないかとか、知らない人が家の周りをうろついてはいないか、なんてことを聞かれたような気がする。つまりあれはそういうことだったのか。
「犯人は?目処ついてるの?」
「どうやら複数犯らしい。……狙われてる人たちが人たちだから部屋の中が荒れてて上手く足跡の痕跡を辿れないとか、ちょっとだけだが話は聞いてる。もちろんこれは外さは言わないでけろな」
「うん……」
どうやら自分の知らないところで彼は随分なことに巻き込まれていたらしい。職業柄孤独死の亡骸は何度か見てはいるだろうが、他殺のものを何度も見せられて、状況が進展しないなんてそうそう耐えられるものではないだろう。あの性格なのだから、守れなかったと自分を責めるくらいしてもおかしくないだろうし。それで表面上はいつも通り振る舞っているのだから、精神的に強すぎるというべきか、相当我慢しているのか。
「……父さん帰ってくるまではおれここに居れるから、チーさんはお店の方優先して」
「いいのか?浅間くんも忙しいべ」
「気にしないで。今日チーさんの話聞きたいからって、ユキくんに無理させたのおれだし」
「わかった。頼んだ」
「うん」
貰った水を飲み干して、店の裏に入る。古い畳の香り、棚の上にある写真に写っているのは前のオーナーさんだろうか。長座布団を二枚つなげた上に彼は倒れていた。気持ちないよりはマシだろうとかけているタオルケットはあまり使用していないのか上質なもののようだった。
「……無理するなって言われてもさぁ、そんなのが無理だよね」
皆が皆、そんなに器用にできてはいない。というか多少無理をしてないと……生きている心地がしない。いや、これはオレの場合で彼はまた違うのだろうか。……自分には生きるために苦しみが必要だった。それだけだ。
しばらくして彼が目覚めたので、軽く水を飲ませてやるとだいぶ楽になったようだった。どうやらここ最近ずっと寝不足だったという。
「久々に寝た感じする、何分くらい気失ってた?」
「20分くらいだよ。別にチーさんは気にしないと思うし少し休んだら?顔色悪いけど」
「……いいや。もう大丈夫だし、夕飯の買い出しとかしないと」
まだ15時もそこらだ、慌てるような時間じゃないだろう。そう言って彼はまた急に立ち上がろうとする。危ないよ、と声をかけたが今回は問題なかった。
「人に甘えるの、苦手?」
「……」
少し目を細めて、溜めた息を吐いた後、タオルケットを畳みながら彼は先の言葉を続けた。
「自分は、人に甘えていいような、そんな人間じゃないから」
「それはどうして?」
ぞくり、とこの中身を暴いてしまいたいと欲求が渦巻く。彼がなにをして、そこまで言うのか……当人の中にある根拠が知りたい。何を考えて、どう自分を縛り付けて、どうしてそれらを抱えてまで、クソくだらない自我なんてものを定義しているのか。
「……なんだろうね。わかんないや」
「自分を罰するのは、楽?」
「……」
「……快楽、だと思うんだよね。そういうのって」
「……かい、らく……」
「自分を卑下するのって、気持ちがいいだろ?……いや、これはおれのアタマがおかしいから、かな」
「ねえ、浅間く」
「おれはね、苦しむことこそが、人間が生きる意義だと思っているんだよ」
そうじゃないと、生まれてきた意味なんて、わからないじゃないか。
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