17話 2番めの犠牲者…①
いくら体力自慢とはいえども、さすがにこんな日々が続くと気が滅入ってくる。ミタカはここ数日間ずっと体調を崩しっぱなしだし、オレたちがあれ買ってきてこれ買ってきてと、昼空の中色々なところに買い物に行かせたからか、アイカまでダウンしてしまった。
「ソファがないからって床に横になるなよ、そんなにミタカと一緒の部屋で寝たくないか?」
「……るっせーな……」
パーカーのフードで顔のほとんどを隠した状態で、部屋の端で丸まってる様子を見ると、相当気分はよろしくないらしい。これはきっと何言ってもダメなパターンだ。それに静かにしてやらないと回復するものも回復しないやつだ。
「お前らちょっと女子部屋で遊んでて、兄貴ら二人ともダウンしてっから」
「……アイ兄?大丈夫?」
「でーじょーぶだからあっちいってな」
「……うん」
こういう時部屋が3部屋しかないのは困る。前はなんだかんだで2階に3部屋下に2部屋あったから、誰かがダウンしてても何とかなったのだが。
「アイ、落ち着いたらちゃんと布団で寝ろよ。エアコンもう少し下げるか?」
「……」
返事がないと思ったらあっという間に寝落ちていたらしい。明るいと辛いだろうと思って電気を一つ緩めた。
うちの男子はマオを除いて気難しいのが多いから、面倒を見てやるのが大変だなぁと正直に思う。二年前施設を出て行った兄貴に「弟たちをよろしくな」と言われたのがいけなかったのか、それとも自分の元からの気質だったのか、どんどん居なくなったサトル兄貴の代わりになっている気がした。アイのことを聞いたのも兄貴からだ。
『あいつ、僕と母さんにしか言ってないけど、結構ひどい後遺症あってさ。日差しがきついんだって。特に頭痛いときに明るくてうるさい場所いると気持ち悪くなるって。最近昼夜逆転してるのもそのせい。でも本人はあまり大事にしたくないみたいでさ』
『言えばいいのになそんなこと』
『プライドがあるんだろ、あと多分ミタカに心配かけたくないんだよ。アイツは自分の心配してろって思ってる。それはアイカにも言えるんだけどそっくりなのは認めたくないんだろうな~』
『似てるか?』
『似てるよ似てる、口が悪いかカーちゃんみたいかの差みたいなもん。あっこれ本人たちにはいうなよ、絶対怒るから』
『……』
『ごめんな、ナツメしか頼れないんだ。……アイカ、母ちゃんとちょっと距離あるじゃん?なんか気まずいみたい。何があったかはいまだに教えてくれないんだけど……ちょっと不安なんだよ』
『まあ、それは見ててちょっと思うけど』
『いじっぱりだけど根っこは全然変わってないからさ……それに、僕がいなくなったら本当に施設から孤立しちゃう。やばいことにならないためにも、頼む……』
あの普段はチャランポランな兄貴が頭を下げてきたことに相当驚いた……いや本来は真面目な人なのだ。オレたちを笑わせるために道化を演じている節もある、ただ単にいい人なのだ。誰かを笑わせたい、それだけの。だからこんなに真面目に頼まれるってことはそれだけ大事なことってことだ。
『わかったよ、オレがやる』
兄貴が就職して、いなくなって1ヶ月くらいの時だ。アイカが体育の授業中に倒れたから帰り付き添ってやってくれと、声をかけられた。アイカが?ミタカの方じゃなくて?と一瞬思いつつも放課後保健室に迎えに行くと、彼は毛布を頭まですっぽりと被って丸まった状態で横になっていた。
「失礼しまーす……」
「……あっお姉さん?」
「はい……」
自分がなまじ健康体なものだから、保健室というものをどう使ったらいいのかわからない。声をかけられて驚くが、そりゃ先生がいるのが当たり前か。
「今日外でサッカーだったらしいんだけ、どボール取り合ってるときに転んで頭ぶつけちゃったみたいで、あれからお昼も食べずにずっと気持ち悪いって、あの状態」
「……そうですか」
頭を打ったと聞いて寒気がした。今回は大事に至らなくてよかったと思いつつも、本当に大丈夫なのか?と不安になる。
「アイ?起きてる?」
毛布をゆっくり引っぺがす。いつもより顔色が悪い。
「…………くらくらする」
「起き上がれる?」
「……むり」
その声にはいつもの覇気が全くなかった。昔みたいに、ヘロヘロとしていた。
「わかった……すみません、もうちょっとおちつくまでいいですか?」
「部活終わる時間までは開けてるから大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
することもないので、ベッドに腰かけて宿題をしながら待った。時折もぞもぞと動くのを見て、生きてることに安心した。どうしてもあれ以降、動かない彼を見るのは怖い。
「……ごめん、なんか」
「いやべつに気にしなくていいし……大丈夫なの?」
それから二時間くらいたって、ようやく歩けるくらいには回復したというので帰ることにした。それでも微妙に足元がふらついていて、身長が越されなければおぶってやれたのにな、とか考えてしまった。
「まだちょっと眩暈する」
「……大丈夫じゃないじゃん」
「……いつものこと」
そしてようやく本人の口から色々と聞けた。擦り傷を作ってくるのは急に眩暈がしてよくぶつかるから、つるんでる友達のガラは悪いが別に喧嘩とかはオレたちが心配するほどしてないということ。別に普段からフラフラしてる訳じゃなくて天気とかストレスとかで酷くなる時があるだけ、ということ。普段はいたって別に問題ない、ということ。
「別に気にしなくていいから、大したことじゃない」
「……辛くない?」
「辛いっちゃつらいけど、どうするの?それを聞いて」
「……」
「どうしようもないじゃん、怪我しちゃったもんはしちゃったんだし。戻れるわけじゃないし、昔と変わったって言われるけどそんなつもり全然ないし。元からこういう性格、口に出さなかっただけで」
大人しかった、素直だった、賢かった。……多分彼の幼少期を知る人間は口をそろえてそう言うと思う。でも前から気になっていることにはずっとうるさいタチだったし、素直そうに見えたのはまだ子供だったからなのかもしれない。拗らせすぎている反抗期とでも思って接してやろうと思ったのがそのころだ。本人が気にしないでほしいと言っている、適度に心配して適度に放っておいてやろうって。それからだった、オレへの態度が軟化したのは。兄貴はこうやって手懐けていたってわけか。変わってない、の意味がようやく理解できた気がした。
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