15話 2番目の光景…①

「あっアイちゃんいた!」

「……おはる、何してんの?ここ中学だけど」


 日誌を書くために教室に残っていたら、一人だけ違う格好をした女が教室に現れた。アイツが通ってる高校の女子の制服。その服でうろついてたら目立つというのに母校だからかそんなことは気にも留めないらしい。


「ミタカくん今日学校休んだから、プリント頼まれて。アイちゃん探しに来たの」


 そういえば朝布団から起き上がってこれなかった。ナツメが自分が面倒みるから学校へ行って来いというのでありがたく従ったが。


「いや直接うちに……そっか、いまどこ住んでるか教えてなかったっけ」

「ミタカくんに連絡送ったけど返事がなかったから。ナツメ姉ちゃんの連絡先しらないし、アイちゃんは学校いる間電源切ってるでしょ。あとちょっとここの図書室に用事があってね」

「へー」


 変わらず1話すと10返してくるなと思いながら流す。真に受けて全部聞いてると疲れるのだ。


「相変わらずそっけないなぁ。でも安心した、ちゃんと学校は通ってるようで」

「アイツがそういうこと吹き込んだ?」

「いっつも心配してるよ?アイカが変なのとつるんでる~とか帰りが遅い~とか。ありゃもはや親だな」

「うぜ……。ちゃんと守衛には許可もらったんだよな?」


 にっこりと笑いながら首にかけた入校許可証を自慢げに見せてくる。


「もらってきてる、あれ?ついてきてくれるの?」

「自分、今日図書委員」

「……似合わないね」

「悪かったな」


 日誌をとっとと書き終えて職員室に持っていってそのまま図書室に向かうからついてくるか?と聞くと何も言わずついてきた。


「てかさぁ、用事ってなに?図書館なんて高校にもあるし、町の奴もあるじゃん。わざわざ来るかよ」

「いや~それが読みたい本のタイトル忘れちゃって。どこの棚にあったかは覚えてるからあるかな~って」

「……去年から特に書庫の入れ替えはしてないから、廃棄になってなければあると思うけど。てか棚で覚えてるわけ?」


 委員の仕事で整理はしているけれど、どこの棚にどの本があるかなんて大まかにジャンルでしかわからない。そもそも本のジャンル分けすらいまいちわからないというのに。どれがSFでどれがミステリーでどれがサスペンスなのか、なんとなく違いはわかるけれど、それにすらも興味がない。


「ほら、私図書室の番人だったから」

「そういえば委員長やってたな」

「アイちゃん去年はボランティア委員会だったよね?またどうして図書委員に?」

「帰りたくないから。ちょうどいい言い訳に」

「……そっか。なぁんだ、読書に目覚めてくれたのかと思ったのに」


 本を読むのは昔から目が滑るから苦手だった。国語の教科書に載っている話以上の長さを読める気がしない。こんな頭をしているから情景なんてものが全く浮かばないし、他人の人生なんて見たところで何の意味があると思って、それでこいつとミタカにディスられたんだっけ。つまらないなぁって、そうだよオレはつまらねえ人間だよ、まったく。


「探してる本、どんな本?場所覚えてるってことは読んだことはあるんだろ」

「なに?気になる?」

「別に、どうせお前のことだからまた趣味悪い本読んでるんだろ」

「趣味悪いとはなにさ趣味悪いとは……でもまあ、明るい話ではなかったかな」

「どんな」

「産まれてこれなかった子供たちが、10歳の誕生日の時にだけ親元に現れる話」

「……」


 やっぱり趣味悪いじゃねえか、と心の中で毒づく。こいつは昔からお世辞にも万人向けと言えないものを好む。うす気味悪いオカルトとか、人がどんどん死ぬSFとか。本人がものすごく人懐っこい性格をしているから、趣味を聞くと大抵引かれるらしい。ご愁傷様。


「本当なら産まれてくる日だった日にね、帰ってくるの。それから24時間だけ一緒に過ごす。現れ方はいろんな形で、当人たちはそれを制御できない。場合には父親か母親のどっちかに職場にも買い物にも、トイレにだってついてくる話もあったよ」

「ホラーかよ……」

「素直に親に甘える子もいれば、隣でずっと呪詛を吐き続ける子供もいてね。その短編集」

「……」


 なにをどう好き好んでそれを読みたいのかが理解できない。別に怖いとは思わないが、できれば知らずに行きたかった。


「病弱な親の元で産まれてこれなかった子供の話があってさ、お母さんは自分のことを守るために私を生まなかったんでしょうってずっとずっと母親の隣で泣いてるの。でもそういうわけじゃなくてお母さん、単純に体力不足と栄養不足で流産しちゃったんだよね。むしろずっと産んであげられなくてごめんねって思ってたのにそうやって責められちゃって、居ない人間の声を聞いて身投げするの」

「普通に胸糞悪くないか?それ」

「……面白かったよ?」

「そう、まあ理解はしないけど」


 しないというか、できないというか。したくないというか。そもそもこの欠陥脳みそじゃそれを娯楽として楽しめないというか。


「……物語は面白いよ、現実なんかと違ってさ。アイちゃんだって漫画とか読むでしょ」

「弟との付き合いで、まあ面白いと思うけど別段自分から読みたいとかは思わねえ」


 流行りの少年漫画とか、流行りのドラマとかは人並みには見ているが別に好きとまではいかない。大抵はカオリさんやマオとの付き合いで、マオはきらきらとした瞳で面白そうに話をするので、話を聞いてやらないとなと思うのだが。


「相変わらずだなぁ。アイちゃんはなんか好きなものとかないわけ?」

「別に」

「好きな食べ物」

「甘くなくて食えればなんでもいい」

「好きな色」

「色ごときなんだっていいだろ」

「犬派?猫派?」

「興味ない」

「じゃあ好きな子は?」

「なんでそうなんの」

「いるのかいないのかだけでもお姉さんに教えなさいよ〜それか好きな女優さんとか!タイプの女の子とか!」

「そういうのも、別に」


 好きな人、と言われて思い当たる人が全くいないわけではない。いないわけではないがそれはきっと恋愛的なものではない。だからどうでもいいし付き合いたいとかそんなものでもない。それにもう、どうしようもない。


「おっぱいは大きいほうが好き?小さいほうが好き?」

「セクハラ」

「つまんないなぁ」

「お前はまだアイツのこと好きなの?」

「……ん?」

「言ってたじゃん、小学生のころ。みたかくんが好きって」

「うっわ~なんでそういうことに限って覚えてるの!?」

「そりゃ覚えてるだろ、公園で遊んでるときにいきなりオレの腕引っ張って「告白するから手伝ってよ」って」


 あれはいつだったか、たしか怪我をする前だったと思うからそれこそもう9年くらい前か。かくれんぼをしていて、鬼がミタカで、なぜかこいつはオレの腕を引っ張って二人で隠れながらひそひそ話をしたっけ。恋愛事なんて興味がなかったから、思わず普通にいえばいいじゃん、と返してしまい確か怒られた。


「結局してないけどね、告白」


 今日は恥ずかしいからやめる!を数回繰り返して、ぱったりと言わなくなった、だからもうどうでも良くなったのかと思ったらそうではないらしい。


「アイツのどこがいいんだか、おせっかいでめんどくせえ。どこがいいわけ?」

「アイちゃん絶対否定してくるじゃん」

「……むしろ教えてもらいたいくらいだよ、そしたらまだ我慢できるかもしれねえし」


 自分から見たらめんどくさい人間の代表だが、他人から見たらきっと違うのだろう。ただ、まあオレはおはるのことはきっと一生理解できない自信がある。


「優しいし、大人しい」

「お前絶対尻に敷くタイプだろ」

「失礼な!……実際あんまりいないよ、あんな優しい男の子」

「優しいかねぇ」


 オレのイメージの中のミタカは、もっとこうお節介で面倒で、どちらかというとがめつい印象の方が強いのだが。


「あんなやつやめてオレにしたほういいんじゃない?」

「なにそれ?告白?」


 まあ実際、あんな奴よりはオレの方がましなんじゃないかと思うが、それは選ぶ方の考えだろう。


「いーや、ボヤキだね」

「じゃあだめ。ロマンがないなぁ」

「はいはい」


 放課後の図書館は正直ほとんど人がいない。図書委員もお飾りみたいなもので、結局どいつもこいつも閉館時間まで宿題をしたりサボってるのが大半だ。だからこうやって駄弁っててもなんら問題はない。

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