第三夜 かぐや姫との高校生活(スクールデイズ)⑩

                ***


 ひとしきり涙を流したあと、健造がなだめると、扶佐子ふさこはまた元気を取り戻した。いつものようにとはいかない、カラ元気であったのかもしれない。その日の作業は打ち切り、明日やるべきことを確認してから、健造は扶佐子と連れ立って生徒会室をあとにした。


 健造と扶佐子が出て行ってから、月読つきよはこっそりと生徒会室を抜け出し、ひとりとぼとぼと帰宅した。


 意図的に時間をかけて家に着いたが、健造は予想通りまだ帰っていなかった。あの様子では、扶佐子を家に送ってから帰るのだろう。月読はひとりぽつんとダイニングに腰掛けた。家に帰っても、さっきのシーンが頭から離れず、なにか落ち着かない。食欲もなく、健造が帰って来るのを待って、いっしょに夕食を食べようと思った。


 さっき家を出て学校へ行く前の状態に逆戻りか・・ 月読は、またテレビを付けた。なんでもいいから気を紛らわせていないと、さっきの困惑した健造の顔を思い出してしまう。健造が、ほかの女性のために、さみしさをにじませた、あんな不安げな表情かおをするのがたまらなくいやだった。


 「ただいま・・」

 玄関のドアを開ける音がして、健造が帰ってきたのは夜半になってからだ。月読は立ち上がって、すぐに健造を出迎えた。健造は、靴を脱いでかばんを置いていた。


 「月読、さっきはありがとう。助かったよ」

 健造は月読の顔を見て、礼を言った。

 「いいえ、お役に立てそうでなによりです」

 「明日、手分けして、リストの業者に片っ端から当たってみることになった」

健造の表情は、心なしか重しが取れて、軽くなっているようだ。そんな色を感じ取って、月読もほっとした。


 「そうですか・・それは明日も大変ですね」

 「でも、今日のように、切羽詰せっぱつまったわけじゃないからな。これも命言みことのおかげかな」

 「はい。命言みことも無理やり仕事を抜けたかいがあったというものです」

 「そうか・・ それはすまなかった・・ ていうか、あいつ何のバイトをやってるんだ!?」 健造は、命言への感謝というより疑念の表情を浮かべた。

 「さあ? 接客業ということは訊いているのですが、詳しいことは教えてくれませんので」 命言は神出鬼没しんしゅつきぼつで、主人である月読にもその行動は測りかねた。


 「いま夕食を温めますから」と言って、キッチンへ向かうところを、健造が制した。

 「あ、おれ、扶佐子の家でごちそうになってきたから」

 月読は、ぴたりと動きを止めた。

 「そうですか・・・」 硬直した状態のまま、月読が沈んだ声でそう答えた。

 「ごめん。メールして、知らせればよかったな」

 健造は、ワイシャツのボタンに手をかけながら、そう言った。

 「い、いえ・・」 月読がぽつりとつぶやいた。


 健造は、普段着に着替えて、ダイニングのテーブルに着座した。

 「なんだ、まだ食べてなかったのか」

 一人分の夕食の支度をする月読に向かって、健造は何げない調子で言った。

 「ええ、お腹がすかなかったので」

 月読は、健造の配慮のない言葉に、思わずむっとして語気が荒くなった。健造は、そんな月読の様子など気にも留めずに訊ねた。


 「おまえ、金曜日の放課後、特に予定ないよな」

 「ええ、未子みこさんと美幸さんとおしゃべりして、帰るだけですけど」

 「実は石上から、英語部の見学に来ないかって、また勧誘されたんだ」

 健造のかつてのクラスメートだった石上は、帰国子女にご執心のようだ。


 「金曜日ですか?」

 「あそこは、県内のスピーチコンテストや文化祭の英語劇なんかで、活動実績が豊富で部員も多い。うちの高校の部活の中では活発な部なんだ。だから、おまえを『帰国子女』という設定にしたから、放っておいてくれないんだ」

 確かに、帰国子女の編入など毎年ある話ではなく、英語部としては是非入部してほしい逸材であることに間違いはない。


 「部活のことなんですが、だんなさま・・」

 月読はたまりかねて、ダイニングの健造の対面の席に腰掛けた。そして、静かに健造の顔色を窺った。

 「ん、なにか気になる部活でもあるのか?」

 月読は言葉を一瞬ためらったが、今日の一件があったので、思い切ってかねてからの希望を口にした。


 「・・生徒会に入れていただくわけにはいかないでしょうか?」

 「生徒会!? また、なんでだ?」

 意を決して願い出たにもかかわらず、健造の反応は冷やかだった。

 「わたしもだんなさまのお手伝いがしたいのです」

 月読は、率直に自分の気持ちを述べた。だが、健造は腕組みをしながら即答した。


 「だめだな」

 「どうしてですか?」

 月読は思わず声をあげた。しかし、いつになく健造は冷静に諭すように言った。

 「おまえ、さっきまでの様子を見て、生徒会がどういう活動をしているのか、理解したはずだ」


 生徒会は、ある程度学校の内部事情に通じていて用務を支障なくこなせること、校内の部活を取りまとめに主導的な役割を果たせることが求められる。経験が浅く、年が若い一年生では、先生や上級生を相手とする関係調整が難しいからだ。

 それは今日の一件でも明らかだ。生徒からの全幅の信頼を得て会長に当選した中富なかとみ扶佐子ふさこですら、教師や部活動の部長級を相手にするのは、苦戦を強いられる。生徒会は、信認をもって選ばれ、部活動を統括する権限が与えられているのだが、学校という大組織の調整弁となることは困難を極めるのだ。


 「生徒会の正式なメンバーでなくてもいいんです。原稿作りでも、コピー取りでも、清掃でも、なんでも雑用をやります。もちろん、今日のようなときは、命言みことの力も借りてご支援いたします。」

 月読は、半身を乗り出して、部員としての自分の存在意義を訴えた。だが、健造は、今日の功績は別物と評価しているようだ。


 「さっきのことは感謝している。だが、おまえは生徒会なんかに関わっちゃいけないんだ。まだ一年生の一学期だし、部活に入るにはいいタイミングじゃないか。おまえなら、どこだって歓迎してくれるし、何でもそつなくこなせるだろう」


 非常識な成長を遂げた月読には、人工的に知識や情報が植え付けられている。体験も擬似的に知識として与えられたものばかりだ。健造の親心としては、月読にはこれから、他の生徒との関わり合いの中でリアルな経験を積んで欲しいと思っているのだろう。


 「私、やりたいことがないんです。ですから、だんなさまのおそばで少しでもお役に立ちたいと・・」

 月読は、真顔でそう主張した。だが、健造の意思は固いようであった。

 「おれのことはいいよ。おまえは、普通に部活をやって友達を作るほうがいい! だから、まずは英語部に顔出してみろよ。石上は面倒見がいいやつだし、英語部は女の子が多いから交友関係が広がると思うぞ」


 「どうしても行かないといけませんか?」

 「ああ、行ってくれよ。ほかの部も含めて、いろいろ見学してから考えればいい。及ばずながら、今度はおれが力になるからさ」

 「分かりました・・ では、後日、英語部に伺うようにします」

健造の自分に対する配慮も分かる気がする。そう思うと強固に反論はできないと思い、月読は健造の提案に従うことにした。


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