第33話

 身体を拭き終わると、裸のままドアを開ける。部屋にアルファ厶の姿がなく、俺はホッと息を吐いて自分の部屋へ行き、服を入れてある棚の扉を開けた。

 中にはアルファ厶が俺に似合うと揃えた、赤い上着がズラリと並んでいる。

 なんだよ…赤しかないじゃん。これじゃあ目立ってしまう…。

 とりあえず下着を履き、シャツと黒いズボン、茶色のブーツを身に付けて、赤い上着を手に取る。

 この城に着いてすぐに、またアルファ厶がくれた赤い石のブレスレットを腕につけると、アルファ厶の部屋に戻って、アルファ厶の服が収納されている棚を開けた。

 ごそごそとたくさんの服を押し退けながら探していると、俺がスイ国のヤバい奴に捕まった時に、助けに来てくれたアルファ厶がまとっていたマントを見つけた。

 俺はそれを取り出すと、上着と共にベッドの上に置いて、テーブルの前の椅子に腰掛ける。

 テーブルの上には、たぶん俺用に用意された食事が並んでいた。

 今日も朝から一日ずっと練習をしていたから腹が減っていたはずなのに、全く食欲が湧かない。

 でも明日からはちゃんと食事がとれるか分からないから、頑張って半分は食べた。

 今頃アルは、ライラの部屋にいるんだろうか?一緒に食事をしているのだろうか?その後、一緒にお風呂に入って…それから…。

 食事を終えてテーブルに伏せていた頬に、涙が零れ落ちる。

 前の世界で、とても辛い思いをした。だから死のうと海に飛び込んだ。でも俺は死ぬことは無く、異世界へと飛ばされた。すぐにアルファ厶に見つけてもらえて、大切にしてもらえて、俺の心も癒されて、今度こそ幸せに…と思ったんだ。

 でも結局は一緒だ。俺はどこに行こうと幸せにはなれないんだ。愛されないんだ。

 でも、もう死のうとは思わない。一度は助かった命だ。アルファ厶から遠く離れたどこかで、静かに暮らせたらそれでいい。


 フッと辺りが暗くなったような気がして、慌ててテーブルから顔を上げた。

 ぼんやりとする頭で周りを見て、乾いた笑いを漏らす。

 どうやら俺は、ほんの少し眠っていたらしい。

 灯りが消えて暗くなった部屋で、目が慣れるまで待つ。薄らと見えるようになると、立ち上がってベッドの傍へ行き、上着を着て腰に短剣を差し、黒いマントを頭から被った。

 静かに扉を開けて廊下に出る。廊下も真っ暗で、窓から射し込む月明かりを頼りに進んで行く。

 誰にも会わないようにと祈りながら進み、何とか城の外へ出ることが出来た。

 外に出たものの、城をぐるりと囲む高い塀を見て溜息を吐く。門から出ようにも、絶対に門番に見咎められてしまう。

 どうしたものかと考えて、ハッとあることを思いついた。

 リオに城の中を案内してもらった時の道順を朧気な記憶の中から拾い上げて、何とかヴァイスの厩舎の前まで来た。

 そっと中を覗こうとしたら、ヴァイスがヌゥっと柵の上から顔を出した。


「ヴァイス…俺だよ。カナデ。覚えてくれてるかな…」


 ヴァイスの目を見て静かに話しかける。

 ヴァイスに乗ってもう一度空を翔びたいという俺の願いは、術や剣の練習に明け暮れていたから忘れてしまっていた。


「ヴァイス、お願いがあるんだ…。アルがいないけど、俺を背中に乗せて翔んで欲しい。この城の周りにある塀を越えることが出来たら、それでいい。誰にも気づかれずに外に出たい。俺…もうここにはいられないから。アルの傍にはいられない…」

「ブル…ッ」


 手を伸ばしてヴァイスの首を撫でる俺にこたえるように、ヴァイスが短く鼻を鳴らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る