桜に一番近い場所
はるより
とある日、挿頭草邸にて
「なぁ、ヴィル。この霧の都で一番桜の帝都に近い場所ってどこだと思う?」
「近い場所……ですか」
「うん」
それは雨上がりの、少し肌寒い初夏の日。
昼食に使った食器を片付けながら隣で並んで立つヴィルにそう尋ねた。
ヴィルは手に持ったマグカップを棚に戻すと、大真面目に腕を組んで天井を仰ぐ。
「船着場、でしょうか」
「へぇ?」
「あちらに渡るには、飛行船に乗る他ないでしょうから」
霧の都と桜の帝都。
まるで砂時計のように、互いを空に浮かべるようにして存在する二つの世界。
その二つの世界を往来するには、確かにヴィルの言うように特殊な飛行船を使う必要があった。
「確かに」
「ケイ様はどう思われるのです?」
「私は、やっぱり時計塔かなぁ」
霧の都の中心に立つ、巨大な時計塔。
正確に時を刻むその時計は、都に住む人々から愛され続ける、ある種のシンボルであった。
中には螺旋階段が造られており、展望台まで登り切ると都を一望する事ができることから、観光スポットとしても人気がある。
「確かに、直線距離で言えば……。ケイ様はあれに登ったことは?」
「いや。興味はあるんだけど、機会がなくて」
「そうでしたか」
「あんまり観光する余裕とかもなかったしさ」
時計塔は巨大が故に、桜の人間の多くが都を訪れて初めに目を惹かれるはずだ。
それでも、一京が訪れたことがないという事実は……まさに窮屈な彼の立場を表していると言える。
「そうだ!今日はこの後予定ないし、折角話題に上がったんだ。一緒に登ろうぜ!」
「……今から、時計塔にですか?」
「なんだその顔」
「いえ、何でも……分かりました」
ヴィルの見たこともないような渋い顔を見て、一京は首を傾げる。
一京は、己の従者なら二つ返事で着いてきてくれるものだと思っていたのだが……意外にもそれは外れたらしい。
とはいえ、同意は取れたのだから今さら撤回する必要もないだろう。
ということで、二人の午後の予定が決まったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます