第9話 男の子ってこういうのが好きなんでしょ?
「藍崎君、見てましたか? 私、人生で初めてボールを打てました!」
ベンチに戻ってきた春咲さんは興奮気味に捲し立てる。
両手を大きく振り回し、子供のようにはしゃぐ。
あぁ、なんて可愛いんだ……
結局、バットに当たったボールはピッチャーの前に転がったのだが、結果的に観月さんの足の速さもあり、三塁に進むことができた。
要するに一打同点のチャンスである。
「龍斗、わかってるな?」
柊一は殺気を放ちながら、僕にバットを渡してくる。
正直、そのままこいつにどつき回されるのではないかと冷や冷やした……
でも、こういう時くらいは格好つけないとね。
「任せてよ!」
「俺は男には容赦しねぇからな」
そう言いながらピッチャーが投げた一球目は豪速球だった。
こいつ、こっちの打者が女子だからって手を抜いていたのか?
だが、僕も負けられないんだ。
観月さんの真似ではないけど、覚悟を決めるために僕もホームラン宣言をする。
舐めやがって! と怒りの声が対面から聞こえてきたが気にしない。
僕はそれくらいに本気なんだ!
だけど、二球目はタイミングが合わず空振りに終わる。
いやー不味いな……
正直、打てる気がしないな……
「藍崎君、ファイトです!」
敵味方関係なく、様々な雑音が聞こえる中、一際大きく僕の耳に届く声があった。
味方ベンチを振り向くと、拳を握りしめ、必死に声を上げる春咲さんの姿が見えた。
ここで答えられなきゃ男じゃない!
そう心に誓い振り抜いたバットは真芯を捉える。
やった! と思いバットを放りボールを見つめる。
だが、ボールは無常にもレフトのグローブに吸い込まれる。
その頃には、観月さんはホームベースにたどり着き、喜んでいるところであった。
レフトからの落ち着き払ったサードへの送球は難なく届く。
きっとルールを知らないんだろうな……
まぁ僕もよくは知らないけどね……
「ダブルプレイ! ゲームセット!」
このワンプレーで僕たちの球技大会が終わった。
「お前! 何したかわかってんのか!」
柊一は鬼の形相で僕に近づいてくる。
「柊一が打たれたのが悪いだろ!」
僕も負けじと言い返す。
柊一は一瞬、気まずそうに下を向いたがすぐに口を開いて反撃をしようとしてきた。
「二人ともやめてください! どちらのせいでもないですよ」
間に入ってきたのは春咲さんであった。
彼女がこんなにも声を張り上げるのは、珍しいので僕と柊一は互いに目を合わせて固まってしまう。
「そうだぞ。仲良くしろよなー」
続いて観月さんも僕たちを宥めに入ってくる。
こいつの気の抜けた喋り方を聴くと、どうも脱力しちゃうんだよな……
「柊一、約束は守ってもらう」
絹のように美しい紫がかった長い黒髪を揺らしながら、彼女は近づいてきた。
「試合にも負けたし、ホームランも打たれた。柊佳、俺の完敗だ。」
なんだかんだで柊一は勝負ことに対しては潔ぎがいいんだよな……
彼の姿に彼女は満足そうに頬を緩ませる。
「柊一、私と、
突然の発言に僕は思わず、吹き出してしまった。
えっ? 二人ってそんな関係だったの?
「まだ諦めてなかったのか……というより、まだ高校生だから、どのみち無理だから」
柊一は淡々と答える。
なんだこの落ち着きは?
こんな美少女に告白されてろくに反応しないなんて……
もしかして、こいつは女性に興味がないのか?
「なら、彼女で我慢する……今週の休日はもちろんデート」
そんなそっけない態度に臆することなく、彼女は話を続ける。
この子、メンタル強すぎない?
普通、こんなこと言われたら折れるよ?
「あんなに情熱的に誘えるなんて……素敵です!」
「いやーお熱いね。妬けちゃうねー」
春咲さんと観月さんはうんうんと首を縦に振りながら感心していた。
この会話のどこに尊敬できる部分があったの?
普通の代名詞のような僕には皆目検討もつかない……
「柊佳、諦めろ! 俺にその気はない!」
「約束は約束だから。」
待雪さんは柊一の腕に抱きついた。
羨ましいな……あんなに可愛い子と密着できて……
そう思ったが、よくよく見ると抱きつかれた腕に関節技をきめられていた。
「お、おい、離せ! 早く!」
柊一は顔を真っ赤にしながら大声を出した。
痛いんだろうな……
柊一が彼女のことを恐れていた理由がなんとなくわかった。
「柊一、照れてる?」
「関節技をかけられて、照れる男なんかこの世にいない!」
待雪さんは顔を真っ赤にして俯きながら尋ねるが、柊一は必死の形相で否定する。
側から見てるとすごく面白いな。
「でも、男の子はこういうのが好きって聞いた」
彼女は柊一の腕に、スレンダーな体型ではありながら決して小さくはない胸を押し付けながら囁く。
「そ、そんなのは関係ねぇ! い、いいから離せよ!」
柊一は耳まで真っ赤になり待雪さんから顔を背ける。
こいつはこれ以上、生かしちゃおけない……
クラスメイトに援軍を要請してすぐに抹殺しなければ……
モテない男の僻みを思い知るがいい!
そんなことを考えている僕をよそに、隣の少女二人は「キャー」と声を上げる。
やっぱり女の子っていうのは恋愛話が好きなんだな……
そんなことを考えながら、いかにして柊一を葬ってやろうかと考えるのだった。
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