第10話 殺意の波動に目覚めた日
厨房を抜けて階段を昇り、2階に上がると短い廊下がある。
短い廊下には4つのドアがあり、その内の一つから灯りが漏れていた。
他の3つは灯りが点いていないようだ。
「…」
僕とアヤカさんは無言で頷き合うと、足音を立てないようにゆっくりと進んでいく。
…本当に殺すのか。
本当に…
顔色が明らかに悪い僕が廊下の奥に置かれている鏡に映っていた。
明かりが漏れている部屋へ近づいていく内に、だんだんと緊張感が強まっていく。
そんな僕を案じてか、微笑みながらアヤカさんは僕に言った。
「ユウタ…殺すのは私がやるわ」
「…はい」
我ながら情けない。
アヤカさんが「私が殺す」と言ってくれたおかげで、気持ちがスッと楽になる。
我が身可愛さが僕の本質のようだ。
私怨があるのは僕なのに…
それでも、誰かが僕の私怨を自分の責任で果たしてくれる。
その状況を望ましいと思ってしまっている自分がいた。
「…あくまでもゲームよ」
「…」
「さ、心の準備はいいかしら?」
「…はい」
アヤカさんがドアの前に立つと、腕をゆっくりと動かして、そのドアをノックする。
「…誰?お兄ちゃん?」
部屋の中から聞こえてきたのは女の子の声だ。
続けて、中から足音が聞こえてくると、扉がガチャリと開く。
「っ!?」
女の子がハッとした時には、アヤカさんが素早く少女の口と体を両手で押さえ込んでいた。
ジタバタと暴れることすら許さない、見事なホールドである。
アヤカさんが拘束しているのは小学校高学年ぐらいの少女であった。
「…この子じゃないわね」
「ケントは!?」
「ここには…この子だけよ」
アヤカさんは半開きの扉越しに部屋の中を見渡すが、どうやら中にケントはいないようだ。
「っ!?」
「どうしたの?」
僕は部屋の中を覗き込む前に、女の子が手に持っているものに視線がいく。
「…っ!」
僕は彼女が持っているゲーム機を強引に取り上げる。
それは確かに僕がケントに奪われたものと同じであった。
特徴的なシールが貼ってあり、画面のフィルムや保護パットも同型のものである。
「…女の子のよ?」
「…!!」
アヤカさんは厳しい顔付きで僕を睨む。
拘束している女の子が泣きそうな表情をしているからだろう。
「いえ…元々は僕のものです」
「そうなの?」
「はい…ケントに盗られたものです」
「そう…ま、いいわ」
僕は部屋の中を覗き込む。
その先にある6畳の部屋は一瞬で見渡せる。
奥にある押入が気になるところだ。
「…押入に隠れているとか、ありますかね?」
「あの一瞬で隠れられるとは思えないわ…それに、事前に私達が来ることに気付いていたら、隠れるよりも、逃げるはずだわ」
「それもそうですね」
「とはいえ、調べてみましょう…頼めるかしら?」
「はい」
アヤカさんはケントの妹を拘束しているため、押入を探すのは僕が担った方が良いだろう。
あの一瞬で、ケントが押入に隠れられるとは思えないが、為の確認ということだ。
僕はゆっくりと歩いていき、奥の押入を開ける。
すると…
「カナ姉を離せっ!!」
「っ!?」
押入からは小学生ぐらいの子供が飛び出してきた。
僕に掴みかかるようにして飛び出してきた少年に対して、僕は反射的に腕を振るう。
パっシゃ
「…あ」
瑞々しい音が響くと同時に、6畳の部屋は真っ赤に染まっていた。
床だけではなく、壁や天井にまで血肉が弾け飛んでいる。
ゲーム機を掴んでいた腕を振るったのか、手で持っていたゲーム機は粉々に砕けていた。
「…」
天井から何かが垂れ落ちてくる。
すると、頬に硬いものが当たる感触がした。
しかし、その硬いものは粘着性があるのか、頬を這いずるようにゆっくりと垂れ下がっていく。
自然と、その硬いものが気になり、自分の頬へ指を伸ばす。
「うわぁ!!!!」
指で掴んだ先にあったのは小さな眼球だ。
思わず投げ捨ててしまった。
「…ユウタくん、力加減ができないうちは、こういうこともあるわ」
「あ…あ…あぁぁ…」
冷静な様子のアヤカさんは真っ赤に染まった部屋をゆっくりと進んでいき、他に人の気配がないことを確認する。
「…ま、犠牲者はそれでも少ない方がいいわね」
そう言って、拘束していた少女を離す。
すると、その少女はまるで眠るように前のめりになって血の海へと倒れ込む。
「さ、次の手を考えないと…ケントを今晩中に殺さないといけないわ」
「…」
「…ユウタくん?」
「…」
「…まずは、車を隠してくるわね。ケントが帰ってきた時に、変に警戒されても面倒だわ」
アヤカさんはそう言って廊下へと出ていく。
少しすると、早めに階段を降りるような足音が響いていき、やがて、その足音も消えていく。
そして、しばらくすると、微かに車のエンジン音が響き、車が走る音が続いて響いていた。
「…これ」
僕は真っ赤に染まった部屋の中で方針していると、見覚えのある丸い物体を見つける。
幼い頃、大切な家族に勝ってもらったヨーヨーだ。
「こんな…ところに…あったんだ」
小学校の時に失くしたとばかり思っていた。
ここにあるということは、幼い日のどこかで、ケントに盗られていたようだ。
「…」
僕はそのヨーヨーに付着している血を指で拭き取る。
すると、ヨーヨーの表面にヒーローもののシールが貼られていることに気付く。
「…」
僕はそのシールを無心で剥がすと、黒い油性ペンで「ユウタ」と書かれているのが見えてきた。
それは僕が書いたものではない。
お婆ちゃんが書いてくれたものだ。
「やっぱり…」
このヨーヨーは思い出の品だ。
お婆ちゃんの体調が珍しく良く、一緒に買い物に行って、一緒に選んで買ってもらった品だ。
僕にとって、お婆ちゃんの形見とも言える。
優しくて大好きなお婆ちゃん。
僕の頭を大切そうに愛おしそうにいつも撫でてくれていた。
そんなお婆ちゃんの形見だ。
今でも、家のどこかにないか探し回ることだってあった。
「ずっと…探してた…ずっと…どこにもなかったから…僕…うぅ」
僕は手にあるヨーヨーをギュッと胸に抱く。
誰かが僕を大切に想ってくれていた事実が、今の僕には救いのように感じられる。
「…して」
「…?」
「返して…」
「っ!?」
微かに声が聞こえるとビクッと肩を震わせる。
声のした方向には、ケントの妹が倒れていた。
どうやら意識が回復しているようだ。
険しい顔で僕を睨みながら、腕をよろよろとこちらへ突き出してくる。
「それ…カナの誕生日…に…お兄ちゃんが買ってきた…もの」
「…違う」
「返して…カナの…宝物…」
「違う!!僕の宝物だ!!!」
「返して…お願い…」
「返す?お願い?」
「返して…」
「僕が…返してって頼んだら…返してくれたこと…お前らはあるのか!?」
「返して…大切な…もの…なの」
「…はははは」
僕はゆっくりと立ち上がると、そのままケントの妹のところまでゆっくりと歩み寄る。
「返して…」
「…これは…元々…僕のものだ」
僕はテレビの前にある重なったゲームソフトの山を見つめる。
奥のちゃぶ台に飾られているプラモデルを見つめる。
財布や鞄、靴、どれもこれも…
「…これも!これも!これもこれも!!これも!!!みんな!!!僕から奴が奪ったものだ!!!」
僕は部屋中を荒らし始める。
隅から隅まで、出てくるおもちゃや道具は、僕が失くしたか奪われたか、見覚えのあるものばかりであった。
「返し…て…」
「返す?返すだと!?それはこっちのセリフだ!!」
僕はケントの妹へ叫ぶ。
「これも全部!!全部!!!お前らが僕から奪ったものだ!!!」
「…違う…お兄ちゃんが…頑張って…バイトして…買ってくれたもの」
「違う!!それは嘘だ!!!」
「嘘…じゃない…」
「嘘だ!!!お前の兄は嘘つきなんだよ!!!」
「違う…嘘つきは…お前…」
「嘘つき…は…僕?」
「返して…シュウも…返して…」
「ははは…ははははは…あははははははは!!!!」
ーーーーーーーーーーーー
「…ユウタくん」
「…」
「大丈夫…?」
「…はい」
「そう…」
アヤカさんは僕の足元を見つめていた。
それもそのはずだ。
僕の足元にはケントの妹の頭があったはずなのだから。
「…死体の処理をしましょう…部屋もこのままにはしておけないわ」
「処理?」
アヤカさんは、頭部を失って痙攣しているケントの妹の死体へ手を当てる。
すると…
「…燃えて…消えた?」
「これも魔法よ、そこそこのね」
アヤカさんはケントの妹の死体を文字通り焼却していた。
「そういえば、魔王って魔法が使えるんでしたね」
「ええ、そうよ」
そして、真っ赤に染まった部屋の中心まで進むと、彼女は両手を広げてクルリと回転する。
すると、部屋中に真っ赤な炎がパッと灯り、すぐに消える。
「さて、これで元通りね」
「すごい…」
「ふふ、生命だけを消し去る魔法よ…死体にも有効なの」
アヤカさんの言葉通り、部屋中に付着していた血肉は綺麗に消え去っており、僕の衣類や肌からも返り血は綺麗になくなっていた。
「…さて、次の手を考えないとね」
「そうですね」
アヤカさんの言葉に僕は頷く。
気付けば、人を2人も殺したのにも関わらず、不思議と気持ちは落ち着いていた。
罪悪感もなければ、吐き気などの体調不良もない。
至って正常だ。
「…大丈夫そうね」
「ええ、それよりも、どうしますか?このまま待ちますか?」
僕はアヤカさんへ尋ねながら部屋の時計を見つめる。
時刻は11時を過ぎようとしており、流石に高校生が外出を許されるような時間ではないだろう。
「…そうね。この時間ということは…友人の家にお泊まりかしら?」
「なるほど…確かにあるかもしれませんね」
「うーん…リスクが大きくなるわ」
「リスクですか?」
「ええ、探すとなると行動が大きくなるわ。迂闊に動きすぎると、勇者に足取りを追われ兼ねないわ」
「…勇者…トオルさんですよね?」
「1番、可能性が高そうなのわね」
「違うかもしれない…と?」
「ええ、もし、トオルではなかった場合、派手に動くと危険だわ」
「…じゃ、どうしますか?」
「…ここは引き上げましょう。聖女がアタリを引くリスクよりも、勇者に気付かれるリスクの方が大きいわね。全滅になり兼ねないわ」
「…確かに、2人で一緒にいますからね」
「ね、ユウタくん」
「はい?」
「部屋にあったものは元に戻した方が良いわ…特にケントに奪われたものわね」
「…いやです」
「あなたと縁のあるものだけ消えていたら、警察にも追われ兼ねないわよ?」
「…遺体は残ってませんよ?」
「行方不明と関係あるんじゃないかって騒ぎになるだけでも危険よ」
「…この家ごと…燃やしてしまうのはどうですか?」
「そこまで…そう…分かったわ…それなら…こうしましょう」
「はい?」
「私は帰る。あなたは待つ。それで、そうね…午前2時までにケントが帰宅しなければ、この家ごと燃やしなさい」
「…分かりました」
「魔法の使い方…わかる?」
「ええ…さっき…見ましたから」
僕は手のひらを突き出すと、そこから真っ黒な炎が浮かび上がる。
手足を動かすのと同じ感覚で、自然に、本能的に、僕は魔法が使えるようになっていた。
「…上出来ね」
アヤカさんがどこか割り切った表情で笑うのを、僕は見逃さなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます