名探偵登場!!

瀬川

名探偵登場!!





「これは……事件だ」


 家に帰ってきた僕は、驚いて声を出した。


 それは部屋の中が、ぐちゃぐちゃになっていたせいだ。

 鉢植えが落ちて土がこぼれ、テーブルの上にあった紙やペンがばらまかれている。

 特に酷いのはキッチンで、色々なものが床に転がっていて、調味料も散らばっている。床は小麦粉で白くなっていたり、小さな粒がたくさん落ちていたり、入るのをためらってしまうぐらい酷い。


 まるで手当たり次第に、まき散らしたみたいだった。暴れ回ったのかもしれない。


「もしかして……泥棒のしわざかな?」


 すぐに考えたのは、泥棒の可能性だ。

 僕が帰ってくるまで、家には誰もいなかった。お父さんもお母さんも仕事で、まだ帰ってきていない。

 そうなると泥棒が入って家を荒らす時間は、たっぷりあったことになる。


「でも、鍵はしまっていたよね」


 泥棒が、盗みに入って、わざわざ鍵をかけて出ていくだろうか? 鍵を持っていないのに、どうやって?

 とにかく家中の窓と扉の鍵を確認してみると、全てしまっていた。誰かが入れそうな隙間もない。ということは、僕が帰ってくるまで、この家は密室状態だったわけだ。


 鍵をこじ開けたとして、帰る時に鍵をかけていくような丁寧な泥棒はいないだろうから、きっとこの考えは間違っている。




 次は、泥棒以外の可能性を考えてみよう。

 まずは地震だ。大きな揺れがあって、そのせいで物が落ちたんじゃないか。それなら鍵がしまっていても、不思議な話じゃない。


 問題は、これだけ荒れるぐらいの大きな地震が、今日は全く起きていないことだ。今日一日、小さな揺れさえもなかった。

 学校で授業を受けていたから、もしあったらちょっとした騒ぎになる。だから絶対になかったと、断言出来る。

 まさかこの家だけ地震があったなんて、そんなのはありえない。

 そうなると、地震の可能性もなくなった。


「……うーん、一体どうして」


 泥棒でも地震でもない。でも、部屋は荒れている。何かが起こったのは間違いなかった。でも、それが何か全く分からない。


 部屋の中で考えていた僕の頭に、一つの恐ろしい考えが浮かぶ。


「まさか……お化け?」


 お化けなら壁や窓や扉も関係なく、家の中に自由に入れる。前にテレビでポルターガイストといって、お化けが物を動かしているのを見た。家の中を荒らすのも、きっと出来るはずだ。


 誰もいない部屋の中、突然窓から真っ白な服を着た女の人が入ってくる。扉は開いていないから、通り抜けたのだ。

 入ってきた女は、しばらく部屋の中をさまようと、突然手も使わずに物を落としていく。目に入るもの全てを落とし、それでも足りなくてキッチンまで範囲を広げた。


 女は、所々が汚れた白いワンピースを着ている。裾の方は引きちぎれたかのように、ボロボロだった。顔は真っ黒な長い髪で隠れていて、でも笑っている口は見える。耳まで裂けている、真っ赤な口が。


 それを思い浮かべたら、ぞわわっと体が震えた。お化けのテレビを観たあとの、後悔する気持ちに似ている。こんなこと、考えなければ良かった。頭の中からイメージを追い出そうとしても、こびりついて消えてくれない。


 頭を軽く叩いて忘れようとしていた時、僕はさらに嫌な考えを思い浮かべてしまった。

 もしかして、まだここにいるんじゃないか?

 こうしている間にも、無防備な僕の後ろから音もなく近づいていて、そして手を伸ばしてきているんじゃないか?

 にやりと、大きな口を開けて頭から飲み込もうとしているかも。僕なんか、一口で食べられる。


 後ろから気配を感じた気がして、僕は勢いよく振り向いた。恐怖で固まるより、立ち向かうべきだと思った。

 振り向いた先には、大きな口を開けた女の顔があった。所々の歯が抜けていて、口の奥は暗く、ブラックホールみたいに先が見えない。そのまま僕は、どうすることも出来ずに呑み込まれた。……なんてことはなく、ただ扉があるだけだった。


「……なんだ」


 自分の想像で怖がるなんて、さすがに男らしくない。お化けなんていない。絶対にいない。いないったらいない。それが現実なんだ。

 全ての物事は、きちんと説明できる。そうおじいちゃんも、よく言ってたじゃないか。

 どんなにおかしなことでも、ちゃんと調べれば理由が分かる。諦めて、それを見逃すのは馬鹿がすることだって。小さい頃に、何度も何度も繰り返し教えられた。


 みんなから探偵と言われたおじいちゃんみたいに、僕も立派な探偵になるんだ。

 お化けなんて非科学的なことじゃなく、きちんとした理由を見つけ出そう。

 僕は気合を入れるために、ほっぺを思い切り叩いた。そうすれば、お化けという考えがどこかに吹っ飛んで、目が覚めたような気分になる。


「よし。もうちょっと、ちゃんと調べてみよう」


 僕は引き出しから、ひみつ道具を取り出す。おじいちゃんがくれた、探偵七つ道具の一つ虫めがねだ。これがあれば、どんなささいなことでも見逃さない。

 誰もいない中で、僕は虫めがねを持った手を上に伸ばす。持っているだけで、自分が探偵になった気分だ。


「ふむふむ」


 僕は一番被害が大きい、キッチンを調べることにした。虫めがねを片手に、まずは物が散らばっている床を見る。


「……めちゃめちゃだ」


 近くで見ると、さらに酷い。

 これをやった犯人は、一体何を考えているのだろうか。


 もしかして家族の誰かを嫌いで、嫌がらせのために、こんなことをしたんじゃないか。仲良くないクラスメイトの顔が浮かんだ。

 この前も口げんかをしたから、ずっとそれを怒っていて、家を荒らしてやろうと思ったのかもしれない。今日も学校に来ていたけど、休み時間を使って家に来られる。僕の家は、学校から走れば五分もしないで着く。


 これだけのことをしでかす時間は、充分にあった。口喧嘩をした腹いせに、家を荒らすなんて酷い。文句を言おうか。僕は怒りのままに、電話をかけようとした。でも、そこでふと考える。

 泥棒の時と同じで、鍵を持っていないのに入るのもしめるのも出来ない。クラスメイトには不可能だ。

 さすがに犯人扱いするのは可哀想だったな。すぐに思いついた考えに一直線なのは、あまりというか絶対に良くない。


 もっとちゃんと調べて、謎を解くのが探偵だ。これじゃあ、おじいちゃんに怒られる。

 虫めがねをもっと近づけて、今度は戸棚を見る。戸棚の中のお皿やコップは無事だけど、上に置いてあったものが落ちてしまっている。

 小麦粉も、その辺りから落ちたんだ。上には、食べ物の袋が置いてあったはずだから。僕は置いてあったものを思い出していると、あることに気がついた。

 戸棚の上は高いから、お母さんはいつも踏み台を使っている。そうしないと届かないからだ。でも、今は踏み台がない。つまりは、犯人は踏み台を使わずに上の物を落としたことになる。


 ものすごく背の高い人か、それとも……。


「そういうことだったのか!」


 僕は大きな声を上げた。踏み台を使わなくても、上まで届いたんだ。それぐらい身軽で、密室なんて関係ない存在。

 どうして戸棚の上に来たんだろうと、考えてまた床を見た。そしてあるものを見つける。


「これだ!」


 それは、地面に散らばっていた茶色の粒だった。虫めがねで拡大すると、かじられたみたいに欠けているのが分かる。目的はこれだ。

 たぶん戸棚にあった袋を取ろうとして、バランスの崩した小麦粉の袋も落ちてきてしまった。食べている最中だったから、その音と敗れた袋から出た粉に驚き、逃げたのだろう。きっと興奮したまま、あちこちを駆け回って、こんなぐちゃぐちゃになった。


「むむ、これは足跡だ!」


 小麦粉が床一面に広がって、そこを踏んだらしい。白い足跡があった。僕の予想通りの足跡。

 キッチンから離れ、どんどん薄くなっているが、もうどこにいるのか予想出来た。


 まったく人騒がせな奴だ。全てが分かった僕は腰に手を当てて、その場所まで来ると、ビシッと虫めがねを突きつけた。


「こんなことをしたのは、お前だな! クロ!」


 虫めがねの先、お気に入りのクッションの上でまるまっていた飼い猫のクロは、僕の方を見るとにゃあと鳴いた。全身真っ黒のクロは、足だけがまるで靴下を履いているように粉で白くなっていた。



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名探偵登場!! 瀬川 @segawa08

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