第7話 彼女の言葉

 声がした方へアウルが顔を向ける。すると、いつの間にこちらにやってきたのか、ジュードの後ろに立つバディの姿が彼女の目の中に飛び込んできた。


「一般民に組合の内情バラしてるんじゃねぇよ」


 苛立たしげに腕を組みながら、バディがジュードを見下ろす。

 ゴーグルのせいで、その目を見る事はできないが、ゴーグルの上でつり上がっている眉や、組んだ腕を指先でトントンと叩く仕草からは、彼がジュードに対して怒っている事が、よく伝わってくる。


(こ、こわ……)


 自分が怒られているわけじゃないとわかっているが、バディの苛立たしげな様子に、アウルは思わず心の中で身震いした。目が見えないのが、また逆に怖さを際立たせているようにも感じる。


 が、ジュードの方は、バディの怒りを特に気にしていないらしい。

「おや、バディ」と、まるで今しがたそこに居る事に気付いたかのような声をあげながら、その頭を後ろに倒した。


「大鴉の方はもういいの? 満足するまでいじり回せた感じ?」

「採れるもんはもう採った。詳しい調査は後でだ。それよりも今は、てめぇの閉まりの悪い口の方が問題だ」

「やっだぁ~。そんな意味深チックに言うなよぉ。仕方ねぇじゃん? 俺のお口がゆるゆるなのは、愛しの相棒に、いつでも愛の言葉を囁やけるようにしておく為なんだからさ」

「死ね」


 ばっさりと、嫌悪感むき出しの声音でバディがジュードに言い返した。そのあまりの冷たさに、アウルの心の中で、ひぇっ、と小さな悲鳴があがる。自分に向けられたわけじゃないとわかってはいるが、聞いてるだけで戦慄する冷たい声音だ。


 が、ジュードの方にそれが響いた様子はない。それどころかなぜか「う~ん。今日も相棒からの愛が熱烈」と頬をニヤけさせている姿が、アウルの目に飛び込んでくる。


「あ、愛……?」


 ってなんじゃそりゃ。ジュードの突拍子もない言葉に、アウルの目が丸められた。


 と、そんなアウルの様子にバディの方が気付いたらしい。しまった、とでもいうように眉間のしわが深められる。罰が悪そうに身をたじろかせながら、「これの事は気にすんな」と、今度はアウルに向けてその口が開かれた。


「こいつのこれは、単なる病気だ」

「はあ、病気……」

「えーっ、ひっでぇよ、相棒! いつも一緒に寝るような関係じゃん、俺達! あの関係は嘘だったのね⁉」

「一緒の、寝室の、別々の、寝床で、だ。これ以上ふざけた事言うと、その口、焼灼して塞ぐ」


 バディがジュードの方へ顔を向ける。ふとアウルがバディの方を見ると、いつの間にか、その手の中に鈍色の金属の棒のようなものが握られていた。シュゥ~……、とその先っぽから、熱を発するような音が鳴っている。


 今、なんか凄い不穏な言葉が聞こえたような……、とアウルの頬を、また1つ冷たい汗がつたう。


 が、やはりというべきか、ジュードの方には、バディの言葉はあまり響いていないらしい。「へぇ~い」とケラケラ笑いながら、ひらひらと軽く手を振っている。


「と、いうわけでまぁ、そんな感じの事情なんわけでして、嬢ちゃん助けたのも、なんか情報訊けないかなぁー、なんて下心もあったりもするわけですよ。俺の方はね。つーわけで嬢ちゃん、この辺りでうちの調査員っぽい奴ら、見かけたりしてない?」


「つか、どこ住み? この辺住み? LINEやってる?」とジュードが言葉を続ける。


 突然の質問攻めと、LINEなどというわけのわからない言葉の登場に、「ら、らいん……?」とアウルは目を白黒とさせた。

 そんなアウルの胸中を察してか、「ふざけるな」とバディがジュードの頭を――これまたいつ手にしていたのか――、銅板らしきものでバンッ!と叩いた。過激なツッコミである。


「え、えぇっと、一応、この辺りに住んではいますが……。その、それらしい人を見た覚えはないです」


「ごめんなさい」とアウルが頭を下げれば、「あー、いいのよ、いいのよ」とジュードが頭をさすりながら言葉を返した。


「知ってたらラッキーぐらいなもんだったから、別に謝られる程のことじゃねぇよ」

「でも私、せっかくお2人に助けていただいたのに……」


「何もお役に立てないなんて……」としょんぼりと、アウルの肩がさがる。


 どんな事情や下心があったにせよ、彼等がアウルを助けてくれた事は事実だ。

 たとえそれが、宝探し屋という奇異な職に就いており、方や大剣を片手で持ち上げ、化物に向けて狂喜乱舞に振り回すような人物と、方や化物の死体を拾い上げて観察するような人物だったとしても、恩人である事に変わりない。


 そう、たとえ、愛だのなんだのと、そうわけのわからない言う相手であったとしても……。


(…………なんか、改めて考えると怪しい要素しかない)


 ハッ。いやいや、アウル、恩人に対してなんて事を考えているのっ! 思い浮かんだ考えを振り払おうように、アウルは、ぶんぶんと首を横に振った。


「にしてもそうかー。地元民が見てねぇってなると、手がかりは完全にナシになるなー」

「思った以上に面倒な仕事になりそ」ぽつりと言いながら、ジュードが顎をさする。


 バディの方も何か考え込むように、無言で眉間にしわを寄せている。


「まぁ、とにかく教えてくれてサンキューね、嬢ちゃん。んじゃ、俺らまだ調査しねぇといけねぇから、ここいらでバイバイ。もう大鴉なんかに襲われんなよ~」


「気をつけて帰りなね~」と言いながら、ジュード立ち上がり、大剣を地面から抜き取った。そうしてその背中に背負ってたらしい鞘に、刃を収める。

 バディもジュードが大剣を仕舞うのを確認すると、アウルに背を向けて林の奥へと歩き出していく。「今晩これ、野宿かなぁ」とジュードがぼやきながら、バディの後を追っていった。


「あ」


 遠ざかっていくジュード達の背中に、思わずアウルの口から声がこぼれた。


(じゃあなって、もう行っちゃうってこと? ど、どうしよう、私まだ、お礼らしいお礼、何ひとつできてないのに)


 焦りがアウルの中に生じる。

 だが同時に、安堵の2文字もアウルの中には浮かんでいた。


 助けて貰ったのは事実だが、あの2人を怪しく思う気持ちが完全に拭えているわけではない。それに宝探し屋だなんて……。どう考えても、関わったところでロクな事にはならないのが目に見えている。変な事に巻き込まれる前に、これ以上は首を突っ込まずに置く方が最善だ。


 だがでこのまま2人を行かせてしまえば、きっとアウルは二度と彼らに恩を返す事はできないだろう。それはそれでどうなのか。焦りと安堵の文字達が、アウルの中でぐるぐると巡る。


 と、


 ――『いい? アウル? はね、人様に対する礼儀というのがとても大事なお仕事なのよ』


 ふいにアウルの頭の中に、言葉が甦ってきた。


 ――『それがもし、たとえどんな方であったとしても、平等に、対等に、皆さまに礼儀を尽くす。それが、この仕事に就く者の義務。もしアウルが大きくなっても、私と一緒に働いてくれるというのなら、礼儀はちゃんとできるようになっておかないと、ダメよ?』


(礼儀……)


 そうだ、そうだったじゃないか、とアウルは思い直した。


 私は、彼女と一緒に働くと決めたあの時から、どんな相手にも礼儀を尽くそうと決めていた筈だ。


 彼女と一緒に働きたかったから。

 彼女の助けになりたかったから。


 彼女の――……に、なりたかったから。


「あ、あのっ」


 アウルの口から、大きな声が飛び出した。


「ん?」とジュードがアウルの方へ振り返る。バディも、なんだ、というように無言で振り返ってくる。

 そんな2人の視線を受けながら、アウルは緊張で鳴る胸を抑えて口を開いた。


「よ、よければっ、うちの『宿屋』に、お泊りになられませんか……!」


「助けてもらったお礼に!」そう、意を決してアウルが続けた言葉に、ジュードとバディが顔を見合わせた。

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