第七百二十九夜『頑強、安全、保証-Tomatina-』

2024/09/04「朝」「雑草」「残り五秒の目的」ジャンルは「指定なし」


 スーパーで食品諸々を買い、うちへと帰る。

 パックの白米、味噌みそ砂糖さとう鶏卵けいらん、ネギ、ほうれん草、ニンニク、チーズ、鶏胸肉とりむねにく、カニカマボコ、サラダ油、そして徳用のトマト。ついでに無料の牛脂をもらっておく。


 帰路の途中、夕飯の献立を作る様を頭の中でシミュレートする。

 今日の夕飯はフライパンに油を垂らし、かたくなでなくなるまで温め後、ネギとニンニクを炒め、これに白米と生卵とマヨネーズとカニカマボコと黒コショウを加え、ムラが無くなるまで混ぜながら炒めれば、カニ炒飯チャーハンが完成する。

 これにほうれん草の味噌汁、そして洗って切っただけのトマトを加えれば立派なご馳走ちそうの完成という寸法だ。


 俺は家に帰り、冷蔵庫れいぞうこの前で食料品が入った買い物袋を開いた。

 買い物袋の一番上に位置していた徳用トマトの箱を手に取ろうとすると、果実特有の甘みと酸味の混ざった様な、一言で言うとフルーティーで湿度しつどの高い匂いがただよって来た。

 違和感いわかんを覚えながらトマトを冷蔵庫の野菜室にしまおうとした時、俺は違和感の原因に気が付いた。箱に入ったトマトは、いつの間にやらひとつ残らずつぶれてしまっていた。

「ふざけるな! 俺はトマトをサラダや、洗ったままの生で食いたいんだよ! こんなんじゃ、精々せいぜいソースかスープにするしかないじゃねえか! 俺は火を通して酸っぱくなった熱々あつあつのトマトが大きらいなんだって知らねえか!? この死んだスカンクのケツの穴め! お前はクソをき散らす、死に損ないの痴呆のカバだ! 自分の吐瀉物としゃぶつの中でおぼれ死ぬドブネズミを幾億いくおく煮詰めて形成した地獄じごくだって、お前に比べたらずっとマシだ!!」

 俺ははらわた沸騰ふっとうしそうになるのを感じながらトマト箱をそのままゴミ箱にダンクシュートの要領で叩き込み、ハエやウジが湧かない様ゴミ袋をふんじばり、何もやる気が無くなってしまい、そのままベッドに突っ伏して眠った。


  * * *


 これが、俺の現在のプロジェクトを形作った動機どうき付けだ。

 俺は現在、トマトの品種改良に心血を注いでいる。


 実がじゅくし、種子が完成するまで実がかたい果実は自然界に多くある。トマトもその一つだ。

 それに加え、大型動物に食べられる事を想定し、皮が硬く頑丈な植物も少なくはない。

 例としてスイカは硬く、重いが、カピバラはなんなく皮ごとスイカを食せる。

 これがカピバラではなく、ハムスターなどの小型のネズミならば種子そのものを食べてしまうのだから、生存戦略せいぞんせんりゃくとして正しいと言えよう。

 極端きょくたんな例であれば、ココナッツの果実は長い海路を平穏無事へいおんぶじにこなし、辿り着いた先で種子が芽を出す。

 これはココナッツの種子が海水に浮かぶ比重である事が最大の要因だが、ココナッツの種子が頑強だというのも大前提と言えよう。


 これと似た様な事をトマトの実にも行うのが、俺のプロジェクトだ。

「絶対に自然には実が崩れず、皮をけば容易に食せ、そして煮物にするのも容易な果実……人間は諦めさえしなければ、想像した物は絶対に作れるはずだ」

 繰り返すが、トマトは熟するまでは硬く、しかも有毒だ。

 つまりは、このトマトの性質を維持する形で品種改良をすれば、必ずや丈夫なトマトは出来る筈!

 俺の手元のプランターには品種改良済みのトマトが成っていて、丁度熟して赤くなったところだ。

「俺の理論が正しければ、この真っ赤に熟したトマトは未熟なトマトと同じか、それ以上に硬い筈だ」

 熟した新種のトマトをもぎり、軽く握る。

 トマトはまるで金属塊きんぞくかいか何かの様に硬く、クルミかスイカの外皮の様に感じられた。

 新種のトマトは、軽く握っても破れるどころか跡もつかず、軽くテーブルに落しても同様だった。

「やった! 遂に出来たぞ! これで俺の宿願は果たされた!!」

 俺はすっかり有頂天になり、大好物の冷やしトマトを食べるべく、新種のトマトをまな板の上に乗せて包丁を通した。

 すると、新種のトマトは包丁の刃を跳ねのけ、包丁は刃の部分がへし折れて飛び、すごいいきおいで飛んで行き、天井に刺さってしまった。

「どうやら、このトマトは人間よりも上位の存在に食べてもらいたがっている様だな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る