第七百二十一夜『ちょっとした作用と思いもよらない結果-butter up-』

2024/08/21「北」「レモン」「憂鬱なカエル」ジャンルは「ホラー」


 あるところにアビグアという女性が居た。

 アビグアは才気あふれる女性であったが、しかし別段世界経済に大きな影響えいきょうを与える大人物でも、傾国の美女という訳でもなく、悪魔あくまと契約した人間を告発する村の聖女でもなく、つまりは普通の人だった。

 アビグアは普通の人だが、ちょっとだけ普通からいっした嗜好しこうを一つだけ持っていた。

「トーストにバターをる時、両面に塗ってみ? 飛ぶよ? 呑む、打つ、キメる必要無し! これだけあれば人生はもう最高!!」

 そう言ってアビグアは自分の好物を他人に勧めるが、これが中々普及しない。


「こう、両面にバターを塗るだけで喉越のどごしも味も全然別物になるってのに、なんでみんなやってみないのかな? 何かもう、私の考えた食べ方を広めない様、目に見えない大きな力がはたらいているとしか思えない……」

 アビグアは朝食にトーストとフルーツジュースとを用意し、トーストの表にバターを塗り、トーストの裏側うらがわにもバターを塗った。しかしその時、彼女は手を滑らせ、トーストを取り落としてしまった。

 時に、選択的重力せんたくてきじゅうりょくの法則という語をご存知だろうか? もしくはイギリスのことわざにある『パンは決してバターの面を上に落ちない』という語でもいい。

 アビグアが取り落としたトーストは目に見えない大きな力の働きによって、バターを塗った面が下になるように重力が働いた。しかし彼女のトーストは両面にバターが塗られている。

 結果、トーストは表が下になった状態じょうたいから回転して裏が下の状態になり、そして更に回転して今度は表が下の状態になった。

 トーストは次第に加速し、今や空中でめぐるましく高速回転するあまり、どちらが表でどちらが裏か目視する事すら出来ない。

 アビグアが両面にバターを塗ったトーストは、未だに地面に落ちていない。

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