第六百五十二夜『便利で簡単な方法-TAKE IT EASY!-』

2024/05/13「北」「携帯」「消えた罠」ジャンルは「大衆小説」


 小川おがわ曙劫しょごうという男が居た。

「人はには絶対に勝てない」

 それが小川曙劫の信念であり、座右の銘だった。

 そんな彼はあるプログラムを開発しているが、これが感心出来ない物。

 彼の開発したプログラムは絵や音楽や映像を何でもマネしてしまう物で、簡単に言うと悪者小説や怪盗物作品に出て来る様な窃盗せっとうの道具。

「絵や音楽や映像を作って来た人や作れる人が、このプログラムで盗作をしたら、ズルく感じるだろうなぁ……まあでも、こっちの方がだし、みんなも認めてくれるだろう!」


 月光が人通りの少ない道を照らす中、小川曙劫は自分で自分に言い聞かせる様に小さな声で口に出していた。

 彼は自分の開発したプログラムをズルと認識にんしきしていて、つまりは曖昧模糊あいまいもこでも善悪の区別がつかない訳でも無く、分別や常識があるから心の中で自己弁護じこべんごに努めている形となっている。

 無論、弁護なんて物は推定有罪の人間のためにする物であり、つまり小川曙劫は自分で自分を罪人だと思っている証左以外に外ならない。

「能力や才能や財力が無い人間でも、私のプログラムが有れば創作が出来るんだ。これは善行でない訳があるものか! 私のプログラムは情熱じょうねつは有るが、物創りのノウハウや知識が無い人、努力が苦手な人を助ける……そう、人助けの道具なんだから!」

「おっと、ごめんよ」

「え?」

 小川曙劫が自分の考えを整理する様に、自分で自分に熱弁を振るっている最中の事だった。

 帽子を目深に被った何者かがぶつかって来て、軽く謝罪をしたのだが、何か様子がおかしく、身体から刺す様な痛みを感じる。

「え? あ……?」

「おやおや、肋骨にナイフが刺さって脾臓ひぞうに突き刺さっている様だ。一体誰がこんな酷い事を? そう言えばここら辺は通りが出るそうですよ、今助けてあげますからねっと!」

 帽子を目深に被った人物はそう言うと、ナイフの柄を掴んで小川曙劫の胴体にりを入れた。

 小川曙劫の胴体からナイフは抜けて、彼はそのまま後方へと倒れて頭を打ち、そのまま動かなくなった。

「おーい、大丈夫ですかー? 何か身分の分かる物は……では失礼して、財布を拝借」

 帽子を目深に被った男は始終この様な様子で話しているが、その実、金目の物狙いの通り魔。

 この様に友好的な発言の数々は、何かの拍子に自分の犯行の一部始終が録音されていても言い逃れが出来る様にという、彼なりの芸術的な創意工夫という物。

 何せこの頃は犯罪が起きても、録音だの録画だのを個人で行なっているのだから足が付くし、個人の録画が証拠しょうこになった捕り物もよくテレビのニュースになっている。

 仮に彼の犯行が明るみになっても「自分は被害者の身を案じてナイフを抜いてあげて、財布から身分証か何かを拝借しただけです!」と言うだけの材料は揃っているし、彼自身がナイフで刺した証拠は彼の背中で死角になっているから上がらない。

「ダメだ……もう既に抜き取られた後なのか、財布の中に身分証も現金も全然無い! きっとコレもうわさの通り魔の仕業にちがいない!」

 彼はこの様に、悪事をきゅうする様な物言いをしているが、心の中では舌を出してこう言っていた。

(何せマジメに働くよりも通り魔で稼ぐ方が、俺にとってはなんでね)

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