第六百四夜『私流エスカレーターの乗り方-ghost whisper-』

2024/03/18「白色」「ファミコン」「希薄な幼女」ジャンルは「ミステリー」


 エスカレーターを、進行方向と体の向きを垂直にして乗る。前を見るのではなく、向かい合うエスカレーターの方を見ながらエスカレーターに乗る。

 こんな事を言うと「それは迷惑だからやめろ!」だの「危険だからやめた方がいい」と言う人が居るかも知れないが、別にそんな事は無い。私が横向きにエスカレーターに乗っても誰かの邪魔じゃまにはなってないし、エスカレーターが斜面から平面になるというのは乗っていて気付くものだ。

 そして何より、私が横向きにエスカレーターに乗っていて誰かに文句を言われた事は無いし、加えて言うと誰も私の方を見た事も無い。みんな携帯端末けいたいたんまつでゲームや読み物なんかに夢中だったり、前を見ているか子供や連れを見ていて、私の事など全く見ていない。私が横向きにエスカレーターに乗っている事に気が付く人も居るだろうが、私の事を注視する人間など誰一人居ない!

 別に自分の事をたなげする意図は全く無いけれど、そんな事よりエスカレーターの右半分を猛スピードで走るとか、もっとマナーが悪かったり危険な事をする人間はもっと居るそれに比べたら、エスカレーターを横向きに乗る事の安全な事、健全な事。

 そもそもエスカレーターの利用法の図解ずかいやアナウンスに横を向かないで下さいなんて聞いた事も無いし、人間の定めた規制や規律を全て知っている訳ではないけれど、この事で私は咎められた事も責められた事も無い。

 今私が乗っているエスカレーターの向かいには下りのエスカレーターが有り、その更に向こうは鏡になっていた。向かいのエスカレーターに乗っている人々は全員子供や携帯端末に意識いしきを向けており、私に視線どころか私に気が付く人間は誰も居なかった。現実なんてこんなもの。

 その時だった。向かいのエスカレーターで下って来た男の子と不意に目が合った。別に凝視ぎょうしされた訳ではないが、確かに私の存在に気が付いて、目と目が合った。

 一瞬いっしゅんの出来事だったが、私はおどろきの余り情緒じょうちょがどうにかなりそうになった。もし仮に私が鏡に映ったとしたら、自分の青白い肌が紅潮こうちょうしているのが見えただろう。

「こんな事初めて、ちょっと……ちょっとだけビックリしちゃった」

 私は今しがた男の子が乗っていた下りのエスカレーターに乗った。右手を向くと登りのエスカレーターがあり、左手を向くと

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