第五百六十七夜『究極のお刺身-Combustion-』

2024/01/29「動物」「トマト」「新しい料理」ジャンルは「純愛モノ」


 カルパッチョ氏の好物は生食だ。故に、彼は何でも生で食べる事を考えてらしている。

 彼の好物は多岐に渡るが、まず前菜はカプレーゼ。新鮮なトマトを輪切りにし、厚切りのモッツァレラチーズに乗せてオリーブオイルをたっぷりかけて食べる。トマトの酸っぱさとチーズの甘さが互いに互いを伸ばし、もう最高!

 魚料理ポアソンを飾るのは勿論刺身。生食用のマグロやイカは大好きで、勿論エビやホタテも好物だ。カルパッチョ氏は醤油しょうゆや酢で食べるのも好きだが、イワシの魚醤で食べるのが彼流。

 肉料理ヴィアンドは生食が出来ないと思う人も居るかも知れないが、それこそ肉料理を生で食べなければカルパッチョ氏がカルパッチョ氏でなくなってしまう。

 彼の好む肉料理は牛肉のカルパッチョ、馬の刺身、生食用の豚挽肉、生卵を落としたユッケやタルタルステーキ。とりの刺身やレバーの刺身も大好きだが、近年では衛生面えいせいめんから滅多めったに口にしていない。健康な肉体と味覚あってこその美食なのだ、命を落としてしまっては美味しい料理も食べられない。

 デザートも勿論生食。カルパッチョ氏はケーキやアイスは積極的には食べず、フレッシュフルーツを好む。彼にとって最高のデザートとは季節の美味しいフルーツで、料理したフルーツとは即ち、料理しないとポテンシャルを発揮できない至らぬフルーツと言ったところ。


 しかし、そんな好物の多い生活を送るカルパッチョ氏にも悩みがあった。前述の通り、衛生面から生食が出来ない食品だ。

 勿論レバーや鶏肉、その他生食用でない肉を生食する程カルパッチョ氏は無謀むぼうでも刹那主義せつなしゅぎでもない。しかしかつて生食出来たが、生食が今やむずかしい食品が有ると言う事実は耐えがたい。

 しかし、生食とは人類の努力に基づくものだ。鶏卵を生食出来る国は少数ながら存在するが、それは鶏卵に有害な菌が付着していないと言う工夫の元に成立している。即ち、生食用でない食品を生食するのは産業者や歴史に唾をする事に外ならない!

 カルパッチョ氏は何でも生食するのではなく、生食出来る食品を生食しているだけに過ぎない。

「そうだ! ならば、私が鶏刺しやレバ刺しを食べられる様な品種改良を行えばいいではないか!」

 牛肉や馬肉が他の肉よりも生食に向いているのは、家畜の体温の差だ。体温の高い家畜は雑菌ざっきん繁殖はんしょくづらく、寄生虫にとっても住み辛い。体温の高い家畜こそが安全なのだ。

 ロードランナー、或いはオオミチバシリと呼ばれている飛べない鳥は日光を浴びて体温を上げて活動をする生態せいたいをしている。ならばロードランナーを品種改良する事で、馬の様に体温が高い鳥を創り出す事も可能では無いのか?

 善は急げ。カルパッチョ氏はこの天啓を実行に移すべく、活動を始めた。


  * * *


 ある日、カルパッチョ氏の計画は実を結んだ。馬と同等の体温の鳥が数羽、遂に誕生したのだ。

 カルパッチョ氏はこの種に自分の名前を付け、そして一羽を屠って実食する事にした。

 カルパッチョ氏は魚介料理にワサビを付ける事を好まないが、肉料理に西洋ワサビを適量てきりょうつけて食べる事を好む。牛肉のカルパッチョはソースと粉チーズと西洋ワサビをかけ、これを丸めて混然一体こんぜんいったいにして食べる事こそ彼の幸せだ。

 カルパッチョ氏はカルパッチョドリを屠り、鳥のカルパッチョにし、魚醤とオリーブオイルとレモンとでソースを作り、粉チーズと西洋ワサビをかけて食べた。

 雑菌や寄生虫を寄せ付けない程に体温が高いカルパッチョドリは、生食にもかかわらずで、まるで焼き鳥かロティサリーチキンの様な触感と味がした。

 カルパッチョ氏はカルパッチョドリのカルパッチョに対して「こんなものはカルパッチョではない……」と呻き声をらし、頭を抱え込んだ。

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