第五百五十二夜『ある歌い手の過去語り-never land-』

2024/01/10「雲」「歌い手」「過酷な幼女」ジャンルは「時代小説」


 まだ人類が電気を物にしていなかった頃の事。それは小さな農村のうそんがあった。

 それだけなら良かったのだが、小さな農村はある日略奪りゃくだつにあった。

 略奪と言っても、夜盗のたぐいでは無い。それなりに武装をした、友軍の正規兵による略奪だった。

 それなりの武装と言っても、銃の類は無い。何せまだ火薬なんて物は存在しないし、弓とやりが戦争の主役の武具となる。何せ銃も爆弾ばくだんも存在しないし、非人道的兵器と言えば毒矢を指す時代の話なのだ。

 故に、略奪を行なう兵士も村民に銃を突きつける事はなく、抜き身の刀剣の類を突きつけて脅迫きょうはくを行なう。

「ええい、口答えをするな! 国のために食料を出せと言っている!」

 そう叫びながら、正規兵は村民を手に持った刀剣で刺し殺して食料をうばってしまった。

 何せ、この小さな農村は戦火に巻き込まれる事が確定的な所在だったのだ。正規兵からしたら『敵方に略奪される前に回収してしまえ!』その程度の認識にんしきでしか無かった。

 さて、殺されてしまった村民だが、人は本質的に一人であると言う事は滅多めったになく、完全に一人であるならば、それは人とは言えない。即ち、彼には娘が一人居た。

 娘は父親が殺されてしまった事実に頭の理解が追いつかず、ただただ呆然するしか出来なかった。目の前の光景は目と脳へ伝わったが、心が何をどう出力すれば良いのか分からない。


 しかし、この一連の一部始終を見ていたものが居た。雲の上に住むまう天人達だ。

 天人とは気まぐれなもので、もっぱら我関せずと非積極的ひせっきょくてき干渉かんしょうを旨とし、しかしその一方で『地上の誰もが見ていないのであれば、行動が明るみに出ない限りは何をしてもいい』と言う習慣しゅうかんを持っていた。

「親が抵抗した結果、ただ独り残されたか。なんと哀れな、これならまだ皆殺しの方が慈悲深いと言うものだ」

 そう言うのは、きらびやかな羽衣に身を包んだ仙人風の男性。

「しかし、今なら誰も見ていない。あの娘を天上に招き、なぐさめてやるのはどうでしょう? そうしましょう」

 そう提案したのは、同じく煌びやかな羽衣に身を包んだ天女風の女性。

「それはいい! そうと決まったら早速あの娘を迎えよう!」

 その場に居たのは仙人と天女の二人ではない。少なからずの天人達が居り、全員が全員和気藹々わきあいあいと全会一致をし、その場のいきおいで娘をかどわかしに行った。無論、天人達の意識いしきには誘拐とか拐かしとか人さらいなんて単語は無い。自分達はあくまで人間を天上に招いているのであって、そんな事はしない。

 その様な事が有り、天人はその身を光らせて地上へ降りた。光の帯が天から地へと伸びて行く様は見られたが、人々はそれが天人だなんて夢にも思わない。

 そもそもの話、天人と言うのはとても素早い。もしも天人がであれば、目撃例もくげきれいの数々が有るだろうし、行方不明事件や未確認飛行物体にまつわる事件ももっと少ないにちがいない。

 結果として、娘は光の如き速さで小さな農村から連れさらわれ、天上へと連れて行かれた。

 国や時代によっては天上の存在が人をさらう際に力加減を間違えて、天上の力で黒焦げになる話も少数ながら存在するが、少数しか話が存在しないと言う事は、天人の恥さらしとも言うべき希少さのドジと言う事に外ならない。その様なドジを踏む天人など、文字通り天文学的少数派だ。

 しかし天人がしっかり者であろうがドジであろうが、娘にとっては超常現象に違いない。何せ家族を失い天涯孤独になったと思ったら、光の如き速さで空の上まで連れて行かれたのだ。

 天上へ連れて来られた娘は初めキョトンとし、何が起こったか分からないまま底知れぬ恐慌状態きょうこうじょうたいの色を見せた。り返すが、光の如き速さで空の上まで連れて来られたのだから当たり前である。

「可哀想に、あんな恐ろしい目にったらこんな顔にもなる。ここには君を傷つける者は居ないから、安心しなさい」

 娘の胸の内を知ってか知らずか、天人達は彼女をなぐさめる様にやさしく言った。これに対し、娘はこれを夢だと思って吹っ切れた様に振舞った。


 それから、娘の毎日は変わった。家族も村もなくなったが新しい家を得、衣食住に困らない。何せ天上でのらしなのだから、何も苦しい事も辛い事も無い。

 強いて言うならば、歌や演奏や踊りが務めであるかの様な風潮ふうちょうがある事か。しかし娘は小さな農村で暮らしていた頃から歌が好きだったので、むしろ天上での暮らしは水があっていた。

 しかし天上で暮らすうちに、娘はこれが夢であるのは誤認ごにんだと薄々うすうす気が付いて来た。彼女はさとい頭脳の持ち主で、地上では自分が神隠しにっているとかんづいてすらいた。

 娘は自分の状況をそれとなく理解し始めてから、毎日の様に地上を見下ろしたり、望遠鏡の類をのぞき込んでばかりいた。無論失われてしまったものが見える訳も無く、ただただ無為に地上を見ているに過ぎなかった。

 しかし、この行為は全くの無意味と言う訳では無かった。娘をこの環境に追いやった、とうの天人達が心を痛めたのだ。

 天人達はその場の思い付きで天上から人をさらい、人が望郷ぼうきょう郷愁きょうしゅうの念に囚われると帰してやる。簡単に言うと、愛玩動物を可哀想がる精神で動く生物だった。

「地上が恋しいのかい?」

 娘はそう天人の一人に尋ねられ、言葉に詰まった。戦火に飲まれる定めにある農村から連れ出され、歌を務めに生きる事になったのは間違いなく幸運だった。しかし、自分の胸の内に何とも言えない切ない感情が渦巻いている事も事実なのだ。

「じゃあ行こうか」

「え?」

 天人は娘の返答も聞かず、彼女が可哀想だからと言う理由で彼女を地上へ返した。無論天から女の子が降って来たら大変だし無事では済まないので、彼女の手を握って共に地上へ降りる形になる。

 こうして娘は天上へ来た時同様、光の如き速さで地上へと送られ、別れの言葉も無しに天人は天井へと帰って行った。

 しかし、ここで娘の想定外の事が起こった。彼女の生まれ育った農村は既に存在しないどころか、その場所には水晶かギヤマンで出来た様な透き通った石造りの高い塔ばかりが建っていたのだ。

 彼女が天上を亜光速で行き来している間に地上では数百の年月が過ぎてしまい、そして天人が細心の注意を払った結果、天上に居る間彼女は天人と同じ年の取り方しか出来なかったのである。

 娘は天まで届きそうな塔に圧倒され、そして今度は自分の目の前で車が牛も無しに走り過ぎ、目を回して腰が抜けそうになった。

「ここは、どこ……?」


  * * *


 動画配信サイトで、ある女性が歌い手として配信を行っていた。

 普段、彼女は歌い手として配信しているが、今回は雑談ざつだんがメインの回であり、話題は幼い頃から歌が好きだった事、親に関する事、それからこれまで行った引っし等、他愛の無いものだった。

「まあそう言う訳で、私のガワと実年齢じつねんれいで数百の年齢差が有るのはそう言う事なんですよ」

 そう和気藹々と過去語りをする歌い手だが、感心するものこそあれど、真っ当に取り合って信じるものは居なかった。強いて言うなら、彼女の歌が天上のそれだと言う事実だけがその場にはあった。

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