第五百四十八夜『載っていない名前-who R U?-』

2023/01/05「カボチャ」「墓標」「先例のない脇役」ジャンルは「大衆小説」


 ある地域の神社では、参拝の際に神社の心の中で自己紹介をルールとしている。神社の神に名前と住所を明かす事で、挨拶あいさつをするのが大切と言う事である。


 神社通いが趣味しゅみだが、その一方で感心出来ない趣味も持っている男が居た。

(俺は〇〇街に住んでいるランタン持ちのジャックと言う者です。この度はお日柄も良く……)

(ワシは××街から来たネモと言う者です。今日は神社にお参りに参りました……)

(私は△△出身のと言う者です。今年、私はこれから旅に出るのですが……)

(あっしは山向こうに住む名無しの権兵衛ごんべえ。今年は無病息災を願いたく……)

 こんな調子で、神社を参拝してはテキトーきわまりない出身地と名前を心の中で名乗る。しかしそんな事は誰も気づかないし、気づく由も無い。それこそ名乗られた神社の神にしか分かる筈が無い。


 ある日の事、テキトーな名乗りの男の事が気になった神が居た。彼の事が気になった神は、彼が家に帰るのを跡をつけて行った。

 神社の神はテキトーな名乗りの男の家までついて行き、敷地しきちに侵入したが、防犯カメラは神社の神を映す事は無かった。

 だってそうであろう、仮に防犯カメラに霊的存在が映ると仮定すると、場所によっては幽霊が画面一杯に映って何も見えないだろう。それにひょっとしたら目立ちたがり屋の心霊なんてものが一人居たら、それだけで世の防犯カメラは全てお釈迦しゃかになってしまう。そんな訳で、防犯カメラは神社の神を映す事が無かったのは道理と言わざるを得ない。

 神社の神はテキトーな名乗りの男の住所を突き止めると、それで満足してそのまま何もしないで帰った。


 しかしその後、神社の神とは別の闖入者ちんにゅしゃがテキトーな名乗りの男の元に訪れた。

 闖入者は先と同じく防犯カメラに映らず、手にノートを持ち、背中からつばやを生やした人物だった。ノートと翼の人物はテキトーな名乗りの男とノートをと交互に見て、に落ちない様な仕草で彼から魂を抜き取った。

 魂を抜き取られてしまった男は、たちまちその場で倒れた。魂なんて器官は物理的に存在していないので、脳も心臓しんぞうも動いているが、意識いしきは無くなり植物状態しょくぶつじょうたいだ。そして何より、ノートと翼の人物に抜き取られた魂はと家の床を沈み、下へ下へと地の底へと落ちて行った。


  * * *


 テキトーな名乗りの男が目を覚ました時、その場所は裁判所だった。

 裁判所では絵本やテレビで観る様な地獄じごくさばつかさがどんとかまえており、今正に開廷して死者を裁こうと言う場所だと分かった。

 テキトーな名乗りの男はこれを夢か何かと思い、特に取り乱す事も無かった。それは地獄の裁き司が、彼に詰問しても同じだった。

「被告人、お前は名前を何という? 生前何をして、どう生きて来た?」

わたくしの名前はダカール・ノーマン。チンケなホラ吹きで、他愛たあいの無いうそばかり吐いて生きて来ました」

 テキトーな名乗りの男ことダカール・ノーマンは本当の事を口にした。何せ彼は嘘をペラペラと頭の中で吐き続けていたし、人並みに嘘を吐いて生きてはきたが、証言の場でよろこんで嘘を吐いたり、偽証をはたらいて自分をつくろう程の悪知恵や悪意も無かった。

 地獄の裁き司は手元の鏡や天秤を見るが、これがちっともレッドラインを示さない。自分を嘘吐きだと言う証言に天秤は作動しないし、鏡を見ても特に重大な悪事は見当たらない。

 これには地獄の裁き司も頭を抱え、どうしたものかと悩む事しか出来ない。

 何せ彼のテキトーな名乗りは命運が尽きていない生者の名前ではないから、こうしてあの世の裁き司の元まで連れて来られた訳で、しかし今度は名乗った本名では地獄に連れて来られる悪人でも天国に連れて行かれる死者でもないと来たものだ。

 これには地獄の裁き司もうーん、うーんとうなるばかりで何も出来ない。ここでいっそ、証言の場で普段の大嘘吐きを披露ひろうでもしてくれれば、これを理由に地獄行きを下せるが、彼は他愛の無い嘘を頭の中で考える程度なのだから、そう言う訳にも行かない。

「ええい、お前の様なケチな嘘吐きは地獄を出禁とする! 分かったらさっさと退出する様に! これをもって閉廷とする!」

 地獄の裁き司は破れかぶれになってそう叫び、手に持った木製の小槌ガベルで木板を叩いて沙汰さたを下した。この一連の言葉だが、テキトーな名乗りの男の耳には「二度と来るんじゃねーぞ!」と言う風に聞こえた。

 こうして沙汰は下った訳だが、地獄の裁き司が木製の小槌で木板を叩いた瞬間、テキトーな名乗りの男の魂だけになった肉体は上へ上へと浮遊ふゆうをし始め、地上に植物状態の自分の肉体が横たわっているのが見えた。この時になり、ようやく彼は自分の置かれている立場を鮮明に理解りかいした。

 しかし、同時にテキトーな名乗りの男の中には疑問が一つ生じていた。

(地獄を出禁になったのはいいが、わたくしの様な嘘吐きが天国に行く事は出来るのだろうか? よもや地獄にも天国にも行けず、永遠に生きるのではなかろうか?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る