第五百三十七夜『ハイスピードの模写-say QIEZI!-』

2023/12/23「西」「妖精」「穏やかな主人公」ジャンルは「純愛モノ」


 月光が映える寒空の下、賑やかな屋台から様々な良い香りが漂ってきている。

 こちらの屋台ではレバーか葛餅くずもちにも似た、プルプルとした鴨血ヤーシェが甘じょっぱい辛いタレをかけて売られている。俺にとって鴨血はスープやなべあたたかくしてツルリと頂く事を絶対視しているのだが、屋台で売られている常温でゼリー状の鴨血を見ると、価値観がグラリと音を立てて崩れそうになる。

 あちらの屋台では、猪血ツーホンのライスプディングが黒糖こくとうやハチミツの瓶を備えて売られている。栄養満点えいようまんてんで掻き込み易く、どちらかと言うと朝食向けのメニューだが、今の様な深夜に糖蜜とうみつたぐいを溢れる程にかけてじっくり味わうのも俺は好きだ。

 そちらの屋台では、湯気を立てた赤黒い鉄色ののポークソーセージを、店員がトングで掴んでホットドッグにして客に渡していた。

 更に向こうの屋台では、血の滴るレアステーキの串……どれもこれも目にもはなにも魅力的みりょくてきだったが、今の俺は屋台で食事をる事ではない。俺の目的はこの屋台の群を抜けた先、ガラス張りの商業ビルのとなりにあるプリントシールだ。

 このプリントシール機の中でじっとしていれば、中にそなわった反響機能はんきょうきのうで機械が産毛一本逃さずに正確なモノクロームの模写を行なってくれる。こうして絵をプリントしたり、或いは手紙に貼るシールにするのがプリントシール機の役割りだ。

 俺は屋台を通り抜け、ガラス張りのビルを通り過ぎ、プリントシール機の中に設置された椅子に座り、微動びどうだにせずに極僅ごくわずかな時間だけじっとしていた。すると、あっと言う間に電子音がして、俺の姿が印刷されたシールが排出口から出て来た。ついでに画面にはコードが表示され、プリントシール機と紐づけしたい携帯端末けんたいたんまつやアドレスにを送ってくれると言う機能付きだ。

「これでよし! と……」


 俺がわざわざこの様な模写を行なう装置そうちを使った事には、勿論理由が有る。俺には、どうしても俺の姿を知って欲しい女性が居るのだ。

 俺と彼女はひょんな事で知り合い、文面上だけの関係だがねんごろな関係になった。そして今度オフ会がてら会う事になったのだが、俺も彼女も互いの顔を知らないのだ!

 口頭で説明しようにも、。つまりは、自分の外見を口頭で説明するのが困難こんなんなのだ。

 俺は自分の顔をなんとなく知ってはいたが、相手に説明するのは感覚的に無理だった。勿論その事も彼女には説明済みで、俺が自分の顔をカメラで写せない事を話したら、彼女は納得してくれた。それ故、俺は極力すぐプリントシール機を使って顔の画を送る様に約束をした次第と言う訳である。

 彼女の方も自分自身の似顔絵を俺に見せてくれていて、これでと言う事になる。無論、彼女からしたら自分の写真を俺に送ればいいだけなのだが、それはそれで俺が不義理で卑怯な気がしていやだった。

「人間相手に顔の画を送るってのも一苦労だな……」

 俺は誰の顔も映ってないガラス張りのビルを背に、ビル街の上空を見上げた。

 見上げた空には、一匹のコウモリが飛んでいた。コウモリは身に備えた音響器官を用いて、器用にビル街のスペースを飛んで抜けて行った。

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