第五百二十一夜『十何年も前の住民-Status of residence-』

2023/12/06「虫」「狼」「禁じられた殺戮」ジャンルは「邪道ファンタジー」


 ある場所に廃屋はいおくがあった。

 無人と言うのは文字通り人が住んでいないと言う訳で、敷地内しきちないは草がぼうぼうと好き放題に伸び、夜になると虫の鳴き声が聞こえる様な町中の密林と言った様相だった。

 この廃屋と土地が遊んでいるのには、ちょっとした理由が有る。実は、あの廃屋には未だに住民が居るのだ。

 これがホームレスや流れ者が勝手に住み着いて権利者に対しての権利侵害をしているのならば、話は簡単かんたんだ。しかし相手は。これを追い出す事も、取りこわす事も法的には不可能なのだ。

 これはどう言う事かと言うと、つまりはあの家にはのだ。お化けだか妖怪だか知らないが、あの廃屋は廃屋になる前から何かが住んでいた。

 少なくとも、あの家屋が廃屋になった事から、座敷童ざしきわらしやレプラコーンと言った富をもたらす妖怪のたぐいで無い事は明らかだが、だからと言って何が出るか分かった物ではない。

 土地の権利者は拝み屋やエクソシストを呼んで儀式ぎしきを行なったが、結果は梨のつぶて

「ここに居るのは、悪さをはたらく存在じゃない。あなたに積極的に害意を持って行動している訳でもないし、これをどうやってはらう事が出来ようか?」

「うーむ、何者だか分かりませんが、全く隙がありません。ほら、ストーカー規制法だって目立った動きがしない分には警察けいさつは動けないではないですか? アレと同じで、ここに住んでいるものも我々の手には負えません。きっと、法律家の幽霊ゆうれいか何かではないでしょうか?」

 そう進言されるが、土地の権利者からしたらたまった物ではない。法律とは通常生きている人間の物であり、生きている人間に適用てきようされる物なのだ。遂には鉄球付きのクレーン車を持ちだした。

 しかし、結果は意外に終わった。なんと鉄球をぶつけられた廃屋はびくともしなかった。鉄球はまるで、見えない力に強制的に止められる様に廃屋に打撃だげきを与えた瞬間しゅんかん静止せいしした。

 これを見た権利者は大いにおどろき、この廃屋を人の手に負えない物だと悟った。しかしこれで食い下がってしまっては、土地の権利者が廃ると言うものだ。

「何者か知らないが、立ち退く気が無いなら私に出すものを出してもらおうか? 私は地主だぞ!」

 権利者がそう廃屋に向って叫ぶと、どこからともかくコロコロと乾いた音がした。見てみると、廃屋の入り口に位置するコンクリートの床の上にドングリが二、三置いてあった。

 これには権利者もおかんむりで、言葉にならない音を口から吐いて退散した。


          *     *     *


 廃屋の中で、犬の様な存在が窓から外をうかがっていた。それはいわゆる犬神とかと呼ばれる様な存在で、この家にいて長くらして来た。

 それは人間社会の中に愛玩動物として生まれ、その中で命を落とした。結果、それは自分が犬だと言う自覚がある一方で、自分と人間は群の仲間だと言う感覚を持っていた。

(せっかくこっちが人間の決まりで対応したのに、なんであの人は怒ったんだろう?)

 自分を人間の群の一員だと考えているそれは、人間の群にならって対応したにも関わらず、事がスムーズに解決しなかった事に首を傾げていた。

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