第五百十七夜『もたらされた物-fire of Prometheus-』

2023/12/02「灰色」「彗星」「新しい剣」ジャンルは「童話」


「助けてくれ! このままじゃ宇宙の藻屑もくずだ!」

 宇宙船の中、エアロックの部屋の中で取っ手に捕まって死にそうな表情を浮かべつつ、宇宙空間に吸い込まれそうになっている宇宙服姿の人物が居た。

「諦めるな! 今助けます!」

 その声が届いているかは定かではないが、別の船員が緊急事態きんきゅうじたいを聞きつけてエアロックを閉じるべくボタンを押して、エアロックの空間の中に居た宇宙服の人物は無事に部屋の中に足を付ける事が出来た。

「ああ、ありがとう、助かった……」

 宇宙服の人物はエアロック空間から抜け出し、その場にへたり込んでボロボロと泣き出してしまった。何せ間一髪かんいっぱつ、危うく何も無い宇宙空間で遊泳し続ける迷子になっていたのかも知れないのだ。

 もしも感覚が分からないと言うのであれば、あなたも夜に空を見上げ、あの星雲の中にずっと一人ぼっちの迷子が居ると想像してみるといい。エアロックの事故とはそう言う物なのだ。

「ところであなた、先の事故で何か宇宙にせ物をしませんでしたか?」

 宇宙船の船員は特に何か思う所が有った訳でも無いが、一応の確認としてそうたずねた。

 それに対し、宇宙服の人物は自分の腰のあたりをまさぐり、何かを悟った顔をした。

「おや、何か失くしたのですか。まあ命より大切な物なんて存在しませんが、一応失くした備品びひんなんかは記帳しておいてくださいよ?」

「いや、備品や装備は大丈夫だ。無くし物はあるけど、個人的な物だから問題は無い。それより設備の精査をするべきだ、今回の事故は人災だからいいが、不備は絶対にあってはいけないからな……」

 宇宙服の人物と宇宙船の船員はそう言い合い、エアロック付近の操作盤そうさばんや部屋の調子を調べ始めた。

「時に、その無くした個人的な物と言うのは何ですか? 差し支えなければ伺っておきたいです」

「いや、本当に大した物ではないんだ。無くしたのは、コイン……いや、ただのお守りだ。土産店で売ってるような記念硬貨を細工して作ったお守りのコインで、別に特別価値があるものじゃない。きっと、あのお守りは今俺の身代わりになる為に、くさりが砕けてどこかへ飛んで行ったんだろうな……」


  * * *


「何だろう、これ」

 ある星で、住人が見慣れないを拾った。

 そのは硬くて、綺麗きれいで、すべすべしている一方でギザギザしていて、それでいてツルツルした灰色の小さな硬い板だった。

 住人はを見て、こんな物は見た事が無く『きっと空から降って来たのではなかろうか?』と、そう考えた。

「おーい、何見てるんだ?」

 そう言って近づいて来たのは、住人の知り合い。住人の知り合いは今日明日食べる物に困った事の無い裕福な人物で、だった。

「おいおいおい、何だよその綺麗な小さい板は! 何か細工がしてあって美しいじゃないか! それ俺にくれよ? いや、タダじゃない。穀物こくもつ一石いっこく分でどうだ?」

「え、いや、その……」

 住人の知り合いは見た事の無いにすっかり魅入みいられた様子で、立て板に水し始めた。その様子たるや、住人は気圧きおされてしまった。

たのむ! どうしても欲しいんだ、なんなら穀物一石に加えて塩を一月ひとつき分もつける! どうだ?」

 住人はを欲しくてたまらない様子の知り合いを見て、一つのアイディアが浮かべた。

「分かった、それで手を打つよ」

「ありがとう! いやあ、こんな綺麗な板が手に入るなんて嬉しいなあ!」

 この小さな硬い板の様なを作れば、何とでも交換が出来る! 住人にとって、これはまさしく悪魔あくまの様なアイディアだった。

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