第四百九十七夜『真の勇者よ、死んで動けなくなるとは情け無い。-the demon in the bottles-』

2023/11/10「戦争」「兵士」「新しいヒロイン」ジャンルは「ホラー」


 勇者が死んだ。ある街の酒場で、急性アルコール中毒で死んでいた。

 彼には魔王まおうを討伐する使命が有り、その道なかばでの急死であった。即ち、彼は葬儀そうぎの場で叩き起こされてよみがえった。

 大変な使命を帯びた最中に急性アルコール中毒とは、余りにも情けない。何せ勇者と言うのは魔王を討伐するまで何度も何度も立ちあがって戦うものであり、酒を一気にあおって死ぬものでは断じてない。

 街の人々は勇者の情けない死に様に苦笑いするやらいきどおるやら、そしてそんな死因からでも蘇る事に安堵あんどするやら呆れるやら、勇者が魔王討伐へおもむくのを見送った。


 勇者が死んだ。ある町の酒場で、急性アルコール中毒で死んでいた。

 別段、彼は前からアルコール依存症だった訳では無い。彼に有るのは魔王を討伐すると言う使命であり、それを成し遂げるまで死ねないと言う逆説的事実だった。

 彼には今すぐ魔王の本丸へ乗り込み、首魁しゅかいを討つ事も可能だった。そして万が一……いや、イチかバチかに敗れて死んでしまったとしても、彼は魔王討伐の使命を帯びた勇者なのだから死のふちから蘇り、再び挑戦するだろう。

 逆に言えば、彼にはしか無く、それが彼の全てだった。

 魔王を討ち取ってしまっては、勇者はただの人になってしまうのではないか? 時の人は過去の人に成り果てるのではないか? 何より、失敗を一度でもしたら二度と立ち直れない身になってしまうのではないか?

 一度そう不安を覚えると、自然と彼は酒場で酒浸さけびたりになっていた。何せ魔王を倒すまで死ぬ事を許されないのだ、急性アルコール中毒で死んでしまっても蘇る身体の便利な事よ! 彼にとって酒は現実を忘れさせてくれる恋人で、未来を見ないで済ませてくれる友で、自分を唯一甘やかせてくれる理解者だった。これを浴び、おぼれない人生に何の価値があるだろうか?


 勇者は毎日酒場に入り浸り、これまでの任務や冒険で稼いだ資金を全てついやさんと言ういきおいすらあった。

 人さらいをちゅうし、王位を僭称せんしょうする者を暴き、盗賊をらしめ、疫病におそわれた町の快癒かいゆに尽力し、悪政をはたらく王を追う手伝いをし、人員不足にあえぐ寒村に伝手つてつかわした。

 現金も金品も人脈も豊富にあり、ちょっとやそっとの大酒飲みでは使いきれない財産が有ったのだ。酒浸りになって一生を過ごしても使いきれるか分からん。


 しかしある日、彼の財産の底がと見える日が訪れた。

 カラクリは以下の通りだ。この国は死した者の財産の内、半分は国であったり教会等に納める仕組みとなっており、残り半分が相続者の手に渡る事になっている。

 つまり彼は酒浸りになり、うっかり死んだ際にその財産を半分国と宗教機関しゅうきょうきかんの元にごっそりと取られていたのである!

 しかし彼は全く気にしなかった。何せ魔王を倒してしまっては、その時点で勇者と言う身分を失ってしまうし、死なないで済む運命も無くなってしまう。財産の半分を失う等、だからどうしたと言う物だった。


 そしてある日、彼の財産は底をついた。

 もうこうなってしまうと、酒浸りになる事は出来やしない。その筈だった。

 彼は勇者であり、過去に人助けをして回った事実は消えない。故に彼はツケで酒を呑ませてくれと懇願こんがんしだし、人々はそれをないがしろに断わる事は出来なかった。

 彼は財産がなくなっても、酒浸りになる事を辞めなかった。


 勇者が死んだ。ある街の酒場で、急性アルコール中毒で死んでいた。

 そこで妙な事が起こった。彼には財産らしい財産は無く、負債は少なからず有ったのだが、この負債が軽くなっていたのだ。

 からくりは以下の通りになる。この国では法的に負債も財産の内とされており、そもそも財産が無い人間は借金をする事も出来ない。そして遺産いさんを相続する際に負債も相続する事になっていた。

 これが、彼にとって吉となった。財産が殆ど無くて負債ばかりが多い人間が死んで蘇ったのだ、司法は彼の負債を半額にしろと言って来た。何せ王室も宗教機関もこれまで彼の財産を半分ずつふところにしまい続けて来たのだから、今度も同じ事をしろとのお達しと言う訳だ。

 これにおどろいたのは彼本人ではなく、王室と教会。何せ彼が死ぬ度に英雄の一財産が懐に入っていたのだから、これを返せと言われたら非常に困る。それなら酔っ払いの酒代を融通ゆうづうする程度、喜んでせざるを得ないと言うものだ。


 勇者が死んだ。ある街の酒場で、急性アルコール中毒で死んでいた。

 彼には財産も無く、ツケで大酒を毎日飲んでいたが、定期的に精算が行なわれるため、いつまでも毎日大酒を呷っていた。

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