第四百九十一夜『とてもありがたい垂れ込み-troll-』

2023/11/03「本」「息」「先例のない城」ジャンルは「伝奇」


『あなたは現在、あるウェブ作家の手によってプライバシー権及び名誉権侵害行為めいよけんしんがいこういに晒されております』


ある筋から俺の元へ、一つの垂れ込みがあった。

別にこんな物は無作為に多数へ送られる迷惑メールだと一笑に付しても良いが、この差出人は見覚えのある名前で、もっと言うと過去に俺とそれなりに交流があった人物だ。この人が何かのネズミ溝ビジネスか何かの走狗かも知れないと言う可能性は有るが、俺にはこの文面が何故だか真っ赤なうそには思えなかった。

 何でも俺に対してプライバシー権侵害を行なっているウェブ作家はレオニダス・マキシモヴィッヒ・レオーノフと言う人物で、彼の知り合い曰く『すぐ、他人を勝手に小説の登場人物にする』『目が合っただけで、他人を小説に登場させる』『自分の体験談を話したら、勝手に美少女女子大生にされて、その上短編小説たんぺんしょうせつの主人公にされていた』『特にひどい時には、悪者小説や犯罪小説を書いた上、主人公のモデルになった人物をあおるかの様に小説を送っているのを見た事がある』……なるほど、ダーティで疑惑の人物と言ったところか。

 垂れ込みを読むに、俺は彼の小説の登場人物として登場しており、それがプライバシー権侵害にあたるらしい。確かに垂れ込みに添付された画像を見るに私らしい登場人物が居るのは理解が出来たが、その前後も読まないと嘘か真かは分からない。

 しかし自分が小説の登場人物として勝手に使われていると思うと、ぞっとしない気分だ。しかも彼の評判を調べる時に聞いた声曰く、勝手に女体化したり、悪者小説の主人公として悪人である事を強調したり流布るふする事もあると言うのだから、そんな人物に勝手に使われたと思うと怒りで過呼吸になりそうだ。

 俺は肩で息をする様に、垂れ込みにあったサイトへアクセスしてみた。本当に私が権利侵害を受けていると言うのならば、実際にどのシーンでどう侮辱ぶじょくされているのか精査し、然るべき場所へ通報をせねばなるまい。

 そう考えていたのだが、件のウェブ作家のページへアクセスしたところ、私は卒倒しかけた。レオニダス・マキシモヴィッヒ・レオーノフはなんと、五百近い数の短編小説を書いていたのだ。

「まさかこれ全部で俺が悪者にされていたり、女体化されているのか……?」

 俺は一瞬いっしゅん、何も見なかった事にして大雑把おおざっぱな権利侵害の報告をしようかと思った。だがしかし、そんな事をして五百弱の短編小説の一つだけが消去されるも残りの全てが無事で、その全てで女体化した自分が悪逆の限りを尽くしている姿を想像してしまった。悪の大魔王だいまおうか何かとして、王座で高笑いをしている女体化した自分だ、はっきり言って吐き気がする。

「……やっぱり俺は精査を行なうしかないのか?」

 そう思って、件の短編小説を読み始める。すると度々自分がモデルかも知れない登場人物が散見されたが、しかしよくよく考えるといわゆるバーナム効果、誰にでもあてはまる言動を行なった結果そう見えるだけだと言う事が分かった。しかし、垂れ込みや評判や目撃情報もくげきじょうほうを照らし合わせるに、実在の人物を勝手にモデルにしている事は真実でもある。私は精査を続ける事にした。

「ダメだ……これも俺の様で、俺ではない」

 そこには、幾多いくたの俺の様な人間が居た。俺の様で、俺じゃない誰かの様な人間が居た。つまり、万人を一人に平均化した様な生きた人間が大勢おおぜい居た。言わば、そこに俺は居たけど、居なかったのだ。

 時々、明確にモデルが居るとおぼしき登場人物も居た。しかし、明確に俺がモデルだと確信出来る登場人物はどこにも居なかった。

「あーあ、良かったような、良くないような……何と言うか、肩透かたすかしだった」

 きっとあの垂れ込みは嘘ではないし、恐らく善意から出た物だろう。しかし真実とも言いがたく、俺にとって不要なお節介だったのだろう。

 俺は疲労感ひろうかんを覚えて、コンピューターの電源を落とし、そのままベッドに倒れ込んだ。


 ある男が携帯端末けいたいたんまつに通知が来た事を覚えて、目を通していた。

「おや、ページビューの数値が一気に上がっている。一体何があったんだろう?」

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