第四百七十六夜『皇帝陛下の素晴らしき指輪-the blind idiot daemon-』

2023/10/18「林」「機械」「役に立たない可能性」ジャンルは「ギャグコメ」


 壁面へきめんつるった、どことなく幻想的な雰囲気をたたえる、昔の映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

「つまり、これは童話に出て来る様な魔法まほうのランプで、あなたが言うところに因ると本物のだと?」

 店の中では、客の男性が胡乱うろんな物を見る目で赤銅色しゃくどういろのランプをマジマジと見ながら、店長と目される飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風ですみを垂らした様な黒い長髪が印象的な女性に質問していた。

「ええ、うちにある商品は全て本物よ。これは本物の魔法のランプ、これをこすって願い事をすればそれは何でも叶う……ただし、このランプにあるのは精霊ジンの残り香の様な物。そのランプ自体に意思は無いし、逆にとやかくも言って来ない。ただ一人三つの願いを叶えるだけ」

 店員らしい女性は客の男性の疑う様な態度たいど臆面おくめんせず、淡々とそう説明した。

「本当か? 何でも願いが叶うなんて胡散臭うさんくさ過ぎる。そんな事を言われても、普通の人間なら信じないだろう」

イワシの頭も信心から。そう思うのならば、このランプをどうぞ試用してくださいな。一度だけランプに願い掛けをして、それが叶ったならば残り二度の権利を購入こうにゅうしてくださる形で結構よ」

 店員らしい女性はそう言って、そのランプを客の男性にまるで強制するかの様に持たせた。

 これに対し、客の男性は全く店主の女性を信じていない。疑いの目で女性とランプとを眺めており、何でも願い事が叶うだなんて虫が良すぎる詐術のたぐいだと決め込んでいる。

「どう言われても全然信じられんね、それだったら俺に王様の様ならしでもさせてもらおうじゃないか!」

 そうバカにする様な口調で、えてランプを擦りながら言った瞬間しゅんかん、客の男性のふところ携帯端末けいたいたんまつが鳴った。

「あら、お電話かしら?」

 そう尋ねる店主の女性を無視し、客の男性は携帯端末を確認した。

「何々?『調査の結果、あなたは皇帝の傍系ぼうけい子孫にあたり、現在空位である第一王位継承者けいしょうしゃである事が判明しました』なんだこのメールは……?」

 客の男性は携帯端末に舞い込んだ通知に目を白黒させたり、目を剥いたり、目を回しそうになった。何せ王様の様な暮らしをしたいとランプに願った途端とたんコレだ、普通ならばドッキリ企画の類を疑うところで、今正に店の奥からテレビ局のスタッフが『ドッキリ大成功!』のサインボードを掲げて走って来るかも知れない。

「おい、あんた、これはどう言う仕組みだ?」

 客の男性は震える声で、店主の女性に尋ねる。自分の身に起きた事が信じられないのが半分、今すぐこのランプとその恩恵に飛びつきたい気持ちが半分と言った所か。

「魔法よ、何せそれは魔法のランプだから」

 店主の女性の要領を得ない返答に、客の男性は眩暈めまいを覚えた。本当に何でも願いが叶う魔法の指輪だと言うのなら、地球温暖化おんだんかの阻止や世界平和を願ったらどうなる? 彼の脳内には、ビル群や戦車をなぎ倒して繁殖はんしょくし続けるツタ植物が緑の波となって地球上をおおう様が想像出来た。

 彼は自分で自分の妄想に圧倒され、同時にこのランプが本当にそんな力を有していると仮定したら恐ろしい物だと鼻で笑いながら、小バカにした様に指で擦りながら言った。

「全く信じられないな、こんな非現実な物は夢としか思えない」

「あっ」

「あっ?」


 * * * 


 朝になり、目が覚めた。何かすごい夢を見ていた気がするが、詳細は全く覚えていない。もっとも、夢なんてものは大概たいがい非現実的で、覚えていない物なのだが。

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