第四百八夜『扉の先、或いは引き出しの奥-DREAM ON!-』

2003/08/02「虹」「猫」「魅惑的な脇役」ジャンルは「王道ファンタジー」


 ある所に猫が好きな青年が居た。彼はフジと言い、ある日やけに自分になついて来る猫をピートと名付けて飼う事にした。何せ黒いドラネコ然とした猫で、それで居て何故だか知らないがその猫を見ていると懐かしい気分になるのだ、ピートと名付けるのが相応しい。

「ピート、しかし君は本当に大人しい猫だな。普通猫って言うのは、こうもっと人間を舐めていてバカにしているものだと思っていたよ」

 そう言うフジに対し、ピートはただ一言『にゃあ』とだけ鳴いた。まるで手のかかる弟か何かに対してぞんざいな返事をする様であった。

 フジがピートを見て懐かしい理由になる事には、一応ささやかな理由が存在した。彼は子供の頃、よく大きな黒い猫と公園で遊んでいたのだ。しかしその黒い猫には首輪がしており、つまりは誰か飼い主が居る猫だ、これは飼う訳にはいかない。

 そんな訳でフジ少年は猫を飼いたいが、飼うことは出来ず、しかし猫を扱っていた事はあるのだ。そんな彼だから、首輪もしていない黒猫が懐いて来たのを見て、飼う事を決めたのだと言えよう。


 ところで、猫と言うものは複数の家を持っている事が往々にしてある。複数の家で飼われている猫と言い換えてもよい。ここ数日はあの家で一泊し、いいや気分が変わって明日は別の家で泊まる事にする。そんな猫はたまに存在する。

 フジはピートがたまにフラッと居なくなる事に関して、そう言った知識ちしきがあるため深くは取り留めなかった。別の家で愛されているならそれでもいい。そう考え、けれどもノラネコと間違われて保健所に捕まってはいけないと思い、住所の記してある首輪をしてやって、後はピートの自由にしてやった。

 そんなこんなで、ピートは数日フジの家で姿を見なくなり、数日経過した後にまた姿を見せる事が度々あったが、フジはこの事を何とも思わなかった。

 いや、フジはピートのこの行動を基本的に何とも思わなかったが、一つだけ気になる事が有った。それは、ピートは窓の外を眺めたり猫用出口のそばに居る事こそ見かけるが、ピートが家の外へ出る瞬間しゅんかんは見た覚えが無いのだ。

「これはどう言う事かしら? きっと僕が見てない時を狙って外へ行っているんだろう」

 フジは深く考えずにそう呟き、愛猫がどこかへ行った事に関して深く執着しなかった。


 実はフジの憶測は半分正しく、半分外れていた。ピートは自ら、窓や扉を通じて家の外へ出た事はただの一度も無い。ピートは実は飼い主の傍を長くはなれた事さえ全く無かった。

 今、ピートは開きっぱなしになっている引き出しを見ていた。引き出しの中は虹色の光が渦を形成していて、この世の物とは思えない様相を呈していた。

 ピートは虹色の渦を見ると、まるでちょっとトイレへでも出かける様な、それこそ慣れた様子の足取りで踏み込んだ。

 その時、ピートの姿は立ち消えてしまい、ここではないどこかへ消えてしまった。こう言った事は時々あり、しかしピートはしばらくしたら必ず帰って来た。この様な事は何度もあり、虹色の光は引き出しの中以外にも押し入れの中だったり、扉の先だったり、時にはカバンの中だったりにも存在し、帰って来る時も同様で、それでいてこの往復通路はてんでバラバラだった。


「おかえりピート」

 数日ぶりに愛猫に会ったフジは、ピートにそう声をかけた。ピートは『にゃあ』と一言鳴いて、他には何も言わなかった。

「そう言えば君には話した事は無かったかしら。僕は昔、猫を飼っている様な飼っていない様な、ただ公園で遊んでいた様な事があって、その時の猫は君にそっくりで……とにかく君に初めて会った時、初めて会った様な気がしなかったんだよ」

 フジの言葉を聞いたピートはただ一言『にゃあ』とだけ鳴いた。まるで『知ってるよ、そんな事』とでも言う様な、尊大で猫らしい態度だった。

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