第四百六夜『有意義な時間-loss time-』

2023/07/31「現世」「墓標」「増える目的」ジャンルは「指定なし」


 人口の多い都市の一角の事。燕尾服と山高帽に身を包み、チョコレートの様な肌色をした血色や肉付きの良い、セクシーな口唇をした肉感的な女性が居た。


 燕尾服姿の女性は民家の扉を手に持った杖でノックすると、腕時計を着けた住人が扉を開けた。

 燕尾服姿の女性は住人の腕時計の数字をチラッと一瞥いちべつするも、途端に興味を失った様にズカズカと無遠慮ぶえんりょに入って行った。住人は燕尾服姿の女性に特に反応もせずに扉を閉めた。

 家の中には、扉を開けた住人とは別に、年老いた翁が一人がけのソファーに座って眠っており、上着のポケットには懐中時計が入っていた。燕尾服姿の女性は手にした杖で老人のふところをまさぐり、懐中時計を確認する。すると彼女は合点がいったような、満足した様な表情を浮かべ、翁の胸をステッキで一突きにした。

 すると途端に翁は苦しみだし、まるで心臓発作しんぞうほっさの症状を出して死んでしまった。

 この事に気が付いた扉を開けた方の住人は、翁が苦しんだり何の反応を示さなくなった事に取り乱し、そして悲しんだ。

 燕尾服姿の女性はそれを見て、喜びも笑いもせずに家の外へと出て行った。


 家の外へと出た燕尾服姿の女性は、公園で佇んでいた。彼女の視線の先にはスポーツに興じる子供達が居り、子供達は皆、首からストップウォッチをかけていたり、腕時計をしていたりしていた。

 燕尾服姿の女性は子供達が身に着けている時計を見ると、手にした杖で一人を転ばせた。すると次の瞬間しゅんかん、公園に居眠り運転の大型車両が突っこんで来た。

 大型車両は少なくない数の子供をね飛ばし、そして遊具に突っこむ形で止まった。この事件で無事だったのは、杖で転ばされた子供ただ一人だった。

 燕尾服姿の女性はこれを見て、喜びも笑いもせずに公園を後にした。


 次に燕尾服姿の女性が訪れたのは、街で一番大きな病院だった。

 燕尾服姿の女性はそこで、入院患者の身に着けている時計を覗き込んではむねのどを杖で突いたり、或いは彼女ら彼等の尻や背中を杖で叩いて回った。

 結果として病院に居た患者達は発作を起こして死んだり、急に快方に向かって退院したりした。

 燕尾服姿の女性はそれらを見て、喜びも笑いもしなかった。


 最後に燕尾服姿の女性が訪れたのは公営の墓地だった。

 墓には一つ一つ時計が納められており、どの時計も数字がゼロで止まっていた。

 燕尾服姿の女性はこれらを見て、過去を思い出す様な満足げな顔を浮かべ、どこかへと帰って行った。

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