第四百二夜『周知の事実にしてトップシークレット-BE fool-』

2023/07/27「火」「終末」「悪のかけら」ジャンルは「ギャグコメ」


「もう我慢がまんが出来ない! このままでは私は死んでしまう!」

 そう叫んだ男の顔は最早ノイローゼ寸前と言った模様だった。神経衰弱しんけいすいじゃく直前まで精神を病み、うつに陥る一歩手前、もう殆んど心が死んでいると言っても過言では無い。

 何が彼をここまで追い詰めたかと言うと、いて言うなら彼自身の性質と境遇と言うべきか。彼はひょんな事から彼の上司の弱みを知ってしまい、しかし彼はお人好しで気が弱く、更に言うと職場に不満も無く愛社精神にあふれているのだ。ならばその様な秘密ははかまで持って行けばいいだろうが、彼は気が弱いにもかかわらずゴシップ好きで口が軽い。

 もうこうなると、まさしく生き地獄である。何せ彼は上司の秘密を知っているが、それを口にする積もりは無いが危うく口が滑りそうになる事が度々あった。その上彼は上司の事を害する積もりも無いし、自分の失言が理由で他人が炎上するかと思うと、そっちの方が辛い。

 その結果がこれである。ちょっとでも誰かと会話するだけでも口が滑りそうになると思うと、それだけで疲弊ひへいしてしまい、真っ当に生活を送る事すら出来なくなってしまっていた。

 そんな毎日を過ごし、遂に限界を迎えた男は雑木林へ向かった。

(この雑木林は人通りが無く、丁度いい筈だ……)

 そうは言っても、別段気になわを結わえて首を吊ると言う訳では無い。

 男が懐から取り出したるは、園芸用の手持ちのシャベル。そこで彼は苗木でも植えるのに丁度良い様な穴を掘り、顔を近づけた。男はこの穴を話し相手に当てはめ、穴の中に秘密を話そうとしたのだ。

 まさにその時であった。男が穴の中に向って話しかけようとしたら、穴の中から声の様な音が聞こえてきた。

『画家の似蛭ニヒル義一よしかずはロボットをアシスタントにしていて、本人は絵を描く能力が全く無い!』

『浅井と言う痴漢ちかんで訴えられた男は事故で溺死できししたけど、それはうそ! 本当は私が殺し屋を雇って殺してもらった!』

『私はインターネット上のフリーマーケットを通して呪具の数々の販売を売っており、名義貸しを利用してフリーマーケットの権利者を何度も破滅はめつさせました!』

 聞こえてきたは確かに人の声だった。男は目を白黒させ、何が起こったのか推測して感心した。

 男は当初の目的をすっかり失念していたが、そもそも彼は自分の親しい人の秘密を喋りそうになる事を苦に思い、この雑木林へ足を運んでいたのだ。そして今しがた、どこの誰か名前も顔も知らない人の秘密を大量に知ってしまった。最早男の頭の中には、上司の秘密なんてどうでもよくなっていた。

「いやしかし、人間と言うのは皆似たような事を考える物だな。どこの誰か知らないが、私の秘密の代わりに喋らせてもらうとするか」

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