第三百七十二夜『悪夢はさめ……-Shark in the park-』

2023/06/22「砂」「竜」「きわどい子供時代」ジャンルは「学園モノ」


 私には時々フラッシュバックする記憶が有る。あれは幼稚園だったか小学生になったばかりの頃のあやふやな記憶だ。

 私には仲の良い友人が居て、よく近所の公園で遊んでいた。私はその友人が殺される瞬間しゅんかん目撃もくげきしており、その事は未だに鮮明せんめいに脳に刻まれている。


 あの時、私は友達と二人っきりで公園の砂場で遊んでいた。ところで子供と言うのは意味も無くそこら辺を走り回ったりするものだ、私は意味も無く砂場をはなれて公園を走り回っていた。

 その時砂場の中から巨大な何かのあぎとが出て来て、私の友人は一噛ひとかみで体を真っ二つにされて死んだ。私の友人は、私の目の前で公園の砂場でサメに喰い殺されたのだ。

 サメは砂の中から現れて私の友人の腹部に噛みついて周囲に鮮血をばらき、彼の腹から下を口腔こうくうに収めて砂にもぐったかと思うと、再び砂の中から現れて彼の腹から上も丸呑まるのみにする様に口腔に収めて砂中に帰って行った。

 私はその時自分が何を感じて何をしたか、よく覚えていない。ただ、非常に取り乱して公園の入り口で立ち話にきょうじる母親と友人の母親に助けを求めた事は覚えているが、実感がまるで無い。うまく口頭で説明出来る気がしないが、あわてふためいてパニック状態におちいっている自分と、そんな自分を俯瞰ふかんしている冷静な自分とが居て、後者こそが本当の自分と言うか、そう言った感覚にあった事は覚えている。

 私達の母親は、私の現実離れした話を聞いて、恐らく新しいごっこ遊びか何かだと思ったのだろう、全く真っ当に取り合ってくれなかった気がする。その後しばらく後、彼が行方不明になった事に気が付き、その時になって私に何か知らないかと問いただす様にたずねてきた気がする。

 結果として、彼は失踪しっそうとして警察けいさつ沙汰ざたとなったが、私の言葉は証言として全く信用されず、何か恐ろしい目にって錯乱さくらんした子供の言葉として処理されたのだと思う。


 私の、友人に対する最後の記憶は以上だ。しかしこの記憶には不可解な事がいくつも有る。

 まず第一に、根本的な点として公園の砂場にサメが居たと言う記憶だ。サメの様な未確認生命体が砂にひそんでいたと言う可能性を考慮こうりょしても、公園の砂場だなんて深さも広さも高が知れるロケーションに存在できるのか? 仮に存在出来るならば、そいつは地中からあちこちの砂場にアクセスして、今でも子供をねらっているのだろうか?

 第二に、一般的に公園に利用者が子供二人しかおらず、その保護者は共に立ち話に夢中で目を離しており、公園のすぐ外にも目撃者が居ない……そんな状況、そうそうある事なのだろうか? 今思うと、非常に引っかかる。このせいで私はこの記憶は夢か何かだと思った事も有るのだが、しかしくだんの公園で人探しの張り紙や子供の失踪に関する注意書きが張られているのを見た。つまり、私の友達が居なくなった事自体は事実だった事になる。

 これは第二こう補遺ほいと言うべきだが、客観的事実として目撃者がおらず親が目を離していると言うセッティング、これは誘拐犯ゆうかいはんにとって非常に都合が良い。私は疾風の様に現れた誘拐犯におどろかされて気を失うか幻覚を見て、彼がサメに食べられてしまったと思い込んだ。まだこれならば現実的だし、すじが通る。

 しかし、ここで第三の引っかかる点だ。私は友達が目の前でサメに噛み砕かれて死んだのを見たと、確かにそう記憶している。しかしこの記憶が現実の物でないとして、どこから来たのだろうか? 周囲の大人は、何かのアニメか映画の記憶が混乱して脳内で結びついたのだろうと、そう推測すいそくしていた。

 しかし私は後から知ったのだが、サメ映画専門家によると銀幕ぎんまくのサメはほとんど人間を噛み殺す事はしないそうだ。実はサメ映画のサメは普通、捕食対象の人間に噛みついて水中まで引きずり込む。こうすれば演者は痛がる演技をしながら水中に潜るだけで済み、演出担当者が特殊効果や血糊ちのりを使って惨劇さんげきを作り出すだけで済む。バラバラになった演者なんて一手間も二手間もかかる映像なんて不要と言う訳だ。

 しかし私の脳裏には、今でもサメに噛み砕かれて体が二分される映像が鮮明に残っている。既存きぞんのサメ映画に由来する記憶違いでないならば、この記憶は何なんだ?


 あれから長い月日がったが、あの公園は健在だ。勿論サメが出たなんて話は聞かないし、公園の砂から血液反応が有ったと言う話も聞かない。

 しかしあの公園には『子供から目を離さない!』『しらない ひとには ついていかない!』と言った張り紙が消えた事は、私が知る中では無い。

 きっと、アイツは今もこの砂場に居るのだろう。そして誰も他に目撃者が居ない状況で、砂遊びに興じる一呑み出来るか出来ないかと言うサイズの子供を喰い殺す。その好機こうきを今この瞬間も砂の中でねらっているに違いない。

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