第三百四十夜『異世界との通信-Fires of Prometheus-』

2023/05/20「青色」「蜃気楼」「人工のかけら」ジャンルは「ギャグコメ」


 本作は異世界転移ないし異世界転生作品である。異世界と言うのだから地球とは全く別の世界であり、地球と全く別の世界にも関わらず動植物の植生や生態せいたい、人類の特徴等とくちょうなどは全く同じと言う、よくある作品である。

 異世界人は異世界の人類である。特に説明は無いが、まるで照らし合わせたかシェアワールドであるかの様にその文化水準は想像を絶する程一様に低く、異文化交流を簡便化かんべんかすると言う目的だろうか、とにかく稀人まれびとたる異世界人―この場合地球人の事―をまるで高次元生命体であるかの様にまつり上げる。何故ならそれが異世界系作品だからである。

 この異世界の住民もおおむねその様な生態であり、この世界は総合して気候は温暖おんだん、一年中青々として果実が森林に実り、人類をおびやかす様な天敵は存在せず、しかし人口は多くなく、それでいて大陸は一つしか存在せず、人々は単独の都市国家が全てであり、外国等と言う概念がいねんは持ち合わせていなかった。

 その結果、この世界の人々は戦争とは無縁で、労働をせずとも食事にありつけ、軍備も銃後の守りも必要無かった。その反動として娯楽ごらくと言う概念も希薄きはくだったが、彼等の唯一の娯楽と呼べるのが稀人の存在だった。

 稀人は常に一人この世界に存在し、しばら滞在たいざいした後にきり蜃気楼しんきろうの様に消えて居なくなり、別の稀人が入れ替わりに現れる。それがこの世界の持つルールだった。


「ねえねえ、こないだの稀人のお話は特に面白かったね」

 異世界人の女性が、同じく異世界人の男性に話しかける。

「うむ。彼らのもたらす異世界の知識には、我々が如何いか曖昧模糊あいまいもこ無知蒙昧むちもうない無明むみょうかと思い知るばかりだ。俺としては、農業や農耕と言った作業の話が一番興味深かった」

「えっと……そうそう、覚えてる。異世界では果物や野菜は自然にはたくさん採れないから、土をいじったり種をいたりをわざとしないとって話! わざわざそんな事しなくても、皆お腹いっぱいになる程食べ物が採れるから考えた事も無かった! 異世界って大変だね、そんな事しないと充分な食べ物が採れないなんて……」

「うむ。その成り立ちや歴史について仔細しさいを聞きたかったものだが、何故だか稀人殿は口をつぐんでしまって残念至極だ。きっとあれは、何でもかんでも質問するばかりでは知恵につながらないと考え、我々の浅薄せんぱくさに呆れられたのだろう」

「そっかー、やっぱり稀人ってすっごく賢いね!」

「言うに及ばず。彼らは俺達には無い文明や習慣を持っていて、それを俺達に話して下さる。尊敬そんけいに値すると言い換えても良い」

「私としては、あのお話が一番驚いた。そう、かぎ!」

「そうか、俺はあの時は首をかしげるばかりだったが、なるほど、あれも稀人ならでは代物だ」

「そうなの! 自分では開けられるけど、他人から開けられなく物だなんて変なのって思ったけど、他人が物を持ちだすって考えは思いもしなかった!」

「うむ。自分であくせく労働? とやらをして、品物を購入こうにゅう? するよりも、他人の物を勝手に持って行った方がずっと簡単と言う話は俺には全く理解が出来なかったが、きっと稀人殿の言う事なのだ、我々には理解し得ない含蓄がんちくの有る代物なのだろう」

「物だなんて、たのまれたらあげちゃうのにねー。でもよく考えたら、頼んだり頼まれたりする手間が無くなるって思うとすごい事なのかな? いやでも頼まれなくても私はあげちゃうかも……」

「まあ稀人殿には稀人殿なりの、我々が図れぬ考えの深奥があるのだろう。付け加えて言うならば、今回の稀人殿のお話で次点はあれだ……き調理だな」

「あー! あれには私もビックリした、野菜や果物を火に当てると食感が変わるなんてね。そんな事する必要も無かったし、考えた事もなかったもの」

「うむ。異世界では食物を生で摂取せっしゅすると腹がこわれる……腹が壊れるの意味は未だに全く理解出来ないが、とにかく稀人殿が暮らしていた環境下では必要な事だったに違いない……」

 これが、この世界の人々にとっての最大にして唯一明確な娯楽だった。稀人を歓迎し、稀人から話を聞き、稀人に感心する。

 この世界の人々にとっては必要な事ではなく、はっきり言って無駄な事だったが、娯楽とはとにかくそう言った物なのである。

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