第三百二十七夜『魔法の指輪の有る生活-Abracadabra-』

2023/05/05「川」「ガイコツ」「人工の主従関係」ジャンルは「ファンタジー」


 資産家の大門だいもん氏には、他人に言えない様な道の趣味しゅみが有った。

 彼はいつでも両手に十のよく研磨けんまされた美しい宝石の付いた指輪を着けており、一部の人からは成金趣味だと陰口を叩かれたり、あるいは正面から指摘してきされていた。

 しかし大門氏は成金趣味ではない、彼はオカルティストだった。彼の指輪はソロモン王のそれのごとく、悪霊あくりょうを使役する力を持っている。しかし彼の指輪はソロモン王の様に天使から神様からもたらされた物ではなく、彼が自力で作った物。逆に言えば、悪霊を屈服くっぷくさせてあごで使う事はかなわない。

 大門氏にとって指輪と悪霊は、古い例えを用いるならば電話機と電話の交換手の様な存在だった。もしくは携帯電話けいたいでんわと電話会社と言うべきか? とにかく大門氏が指輪をこすりながら願いたてまつれば、指輪の中に居る悪霊の一部がそのわざを実現してくれるのだ。悪霊にとっては大門氏は好奇心旺盛こうきしんおうせいな動物で、指輪は自分につながる端末たんまつに過ぎず、面白がって力を貸すだろう。


 しかしこの悪霊が食わせ物。何せ悪霊と形容されているのだから、手加減を知らなければ人の心も持ち合わせていないし、人道なんてハナから知りもしない。

 例えば大門氏が指輪を使って火を起こそうとしたら、悪霊はお安い御用と言わんばかりに、その場に成人男性が一瞬いっしゅんで骨も残さず炭化たんかする様な巨大な火柱を立てるだろう。

 何せ火を起こすのは悪霊なのだ、手加減なんてする訳が無い。一度呼んだらその場に居合わせた人間が鏖殺おうさつされるまで消えないナパームの如き炎を、老婆心からサービス精神で届けてくれるだろう。クレーマーも返品も発生し得ない、完全で完璧な完成した仕事だ。

 勿論そんな事をしたならば、それこそ大門氏自身の命も危ういし、そんな魔法を有効活動出来る様な社会なぞ早々そうそうしない。

 これは炎の様な色の宝石の指輪で繋がっている悪霊の業だが、他の宝石も似たり寄ったりで全くもって役に立たない。

 んだ水の様な色の宝石で繋がっている悪霊は、水を毒に変える業を持っている。それも聖書で神様や天使がやった様に、川の水を血に変えたり戻したりする業などではない、一度川の水を毒に変えたら変えっぱなしだ。

 何せ悪霊なのだ、毒を水に戻してほしかったら頭を下げろとケチな事等口が裂けても言いはしない。これ以上水を毒に変えて欲しくなければ今すぐ頭を下げろと、そうのたまうのが悪霊式と言う物だ。

 オカルトのみならずゲームでも魔法の奥義は流星群メテオスォームであると度々語られており、事実聖書にも隕石いんせきが世界の終わりの描写として書かれている。言うまでもないが、これも大門氏にとっては理論上可能である。

 深い宇宙の様な色の宝石で繋がっている悪霊は、隕石を落とす業を持っている。隕石を落とすと言っても、どこからともなく巨大な岩を落とすだけの内容ではない。ただちょっと、充分じゅうぶんな質量を持ったスペースデブリに推進力すいしんりょくを持たせ、地球の方へ落っこちる様にけしかけると言う内容だ。

 その結果スペースデブリがえ尽きる事無く大気圏たいきけんへ突っこみ、地表に居る人間を圧殺したり建築物を倒壊させ、ついでにともなった宇宙線で土地や生物をけがし、生物群や生態系の根から先に至るまでに遺伝疾患いでんしっかんと突然変異を生じさせ、体内で異常化した細胞と正常な細胞を共食いさせる地獄の様な環境作りを行なう。

 何せ悪霊なのだ、地獄の様な様相の土地に対し、実家の様な安心感を覚えるに決まっている。


 大門氏はこれらの指輪を使う積もりは無いし、例え自殺やテロに使う積もりも無い。ついでに言うと、この悪霊たちが自爆テロに馬鹿正直に付きってくれる姿も想像できない。文字通りの自爆で、死傷者は大門氏ただ一人になるのが鮮明に想像できると言う物だ。

 無論、悪霊を従えて魔法使いとして力を振るってみたいと言う願望はあるが、大門氏が集めた魔導書には、凡人が悪魔を従えようとしても破滅はめつすると、照らし合わせたかの様に全てに書いてあった。故にあこがれの発露はつろとして指輪を着けているが、着けているだけなのだ。

「魔術の奥義だって、私には理論上はあつかえる筈なのにな……」

 大門氏は誰に聞かせるでもなくそうつぶやくと、ライターを使ってタバコに火を付けて一服した。

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