第三百二十三夜『そのための右手指-get Light-』

2023/05/01「部屋」「橋の下」「真の中学校」ジャンルは「SF」


 ある中学校の美術室、教師が生徒達にスケッチの課題を出していた。

 課題とは言ったが、宿題ではない。今この場で美術室のびんやら胸像だったりと言ったオブジェクトを各々何か一つ、鉛筆えんぴつでスケッチするのが課題内容だ。もしも時間内に終わらない様でも持ち帰りは認められず、美術部が活動する中で居残りで課題に従じてもらう。それが無理ならば出席点は無し、例外は無し。だが、これにはキチンとした理由が有る。

 何故この美術教諭がこの様なやり方をしているかと言うと、生徒の事を信用していない訳ではない、生徒とは狡猾こうかつなものだと定義しているのだ。

 生徒とはあの手この手でズルを働くもので、最近では家に持ち帰って宿題をロボットにやってもらったりするのが流行っていると聞く。美術教諭本人も、、そうするだろうと、結論付けている。

 しかし、現代のロボットの描いた絵と言うのは緻密ちみつの様でいて漠然、完成している様で不完全、一見完璧な様で不自然なのだ。なので、ロボットの描いた絵は慣れた人ならばーー一目で分かると、美術教師は授業の中でそう釘を刺している。しかし、それでもロボットに絵を描かせ、さも自分で描いたかの様な顔で提出する悪童は絶えない。故に、この様な課題形式になる。

 如何様いかように不自然かは種類によって異なるが、家屋や橋や樹木が重力や設計を無視している事が風景画や写真にはよく見られる。逆に言えば、人間がロボットを悪用する事で、ロボットに写真を描かせてフェイクニュースを捏造ねつぞうするのも可能と言う事だ。全くもって恐ろしい。

 だが、一番容易な見分け方は、両手を見る事だ。ロボットは人間の指の形状や本数を何故か正しく認識する事が出来ない。だが、よく考えてみれば簡単な事だ。あなたがたはロボットアームであったり、ロボットの手と聞いてどんな物を思い浮かべるだろうか? 精巧なアンドロイドの手を想像するかもしれないが、無骨ぶこつな機械の鉤爪かぎつめや簡素なやっとこ状のオモチャの様な物を想像するかも知れないし、無駄を究極まで省いた球状の手を想像する人も居るだろう。我々の考えるロボットの手がそうである様に、ロボットの考える人間の手指はそう言ったノイズが混じった物なのだ。ロボットは人間が作って操作するのだから、当たり前である。

 繰り返すが、この美術教師は絵の専門家であり、その眼で一瞥いちべつすればロボットが描いた物か否かは文字通り一目で分かる。そしてロボットが描いた物だと断定した場合、そので絵を生徒の目の前で破り捨てる。

 何故そんな事をするのか? 何故ならロボットが描いた絵には著作権が存在しないからだ。仮に誰かが保有するロボットだろうが、ロボットに著作権を認めていては世の中がおかしなことになってしまう。そんな事を認めては、殺人事件の実行犯を野放しにし、自動車や拳銃を投獄とうごくする事に等しい。

 強いて言うなら、教育の場だけは例外だ。教育機関の内部で起きる行為は、それが教育の一環として認められ、行き過ぎた行為と判断されない限りは一種の治外法権と認められる。故に教育機関の中では、ロボットに著作権が疑似的に、法人が著作権を有する形で認められている。

 つまりは教育機関に不平不満を届けて、やっこさんらに思い腰を動かさせる事が出来ない限り、学校内の環境は変わらないと言ったところだ。

 そんなこんなで生徒達は仕方が無しに、教育方針に従っている。別に逆らっても体罰たいばつには及ばないだろう、しかしそれでも美術教師のに逆らう積もりは毛頭起きない。

「いや、でもやっぱ間違ってるよ。何で俺らがロボットに美術を習わないといけないのさ」

 そう生徒の一人が愚痴ぐちるが、美術教師は特に反応はしない。ただ、文字通り鉄腕のロボットアームを下げながら、生徒達にカリキュラム内容を機械音声で流しつつ、二つ付いたカメラのレンズで生徒達を見ているだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る