第三百二十二夜『泥棒学校・真-vole un œuf vole un bœuf.-』

2023/04/30「湖」「蜘蛛」「魅惑的な関係」ジャンルは「指定なし」


 俺はひどく神経を摩耗まもうし、心身がつかれ切っていた。俺はいわゆる不登校と言う奴だ、別に引きこもりではない。

 別段学校での人間関係に心を病んだのではない、学校の課題であったりカリキュラムだったりに心がしっかり参ってしまったのだ。

 俺の学校は関係者から泥棒学校とあだ名されており、しかしそれは不名誉な略称ではなく的を射た呼称と言えた。とにかく、勿論もちろん実際の名前は別にある。

 泥棒学校と聞き、講義を受けてみたいとか、あるいは学校の見学をしてみたいと思う人も居るかも知れない。事実、俺もかつてはそうだった。

 実際の所、見学や講義を体験するだけならば、こんなに面白い学校は無いだろう。俺もこの学校に入る前は、そう感じたのだから。

 一限目は歴史の授業だ。俺が見学に来た際には明治時代の判例を講義にやっており『電気は有形物でない為、当時は盗んでも泥棒にならない』とされていた時代の話をやっていた。しかしあちこちで電気泥棒が蔓延はびこり、自分は犯罪者でないと言い張っては社会の混乱になる。『電気は有形物ではないが、財物と見做みなす』と法律が加えられ、泥棒は無事におなわになったと言う話だ。

 他の講義も似た様な内容だ。他人が所有する無人の家屋に長年居座り、それを取得する講義。

 商品の独占どくせん寡占かせんに問われないよう、複数人で買いめを行なって、高く売る方法を教える講義。

 自分の命が危ういからと言い訳し、それが認められれば何をしても無罪放免むざいほうめんになったり減刑になると言う講義。

 隣家の植物から落ちた果実は、自分の家の敷地しきちに落ちたら法律家の間では自分の物にしても問題が無いとする会見が多いと言う講義……

 どの授業も大変興味深く、スリリングだったりおどろきや意外の連続で、この学校にどうしても入りたいと思ったものだ。

 しかし現実は甘くない。泥棒学校に入ったはいい、講義も楽しいし何の不満も無い。しかし実技となると、そうもいかない。

 演技の授業(そう、演技の授業だ!)を担当しているアルセーヌ先生は天狗てんぐになってる学生の鼻をへし折る事で知られているらしく、俺もその一人となった。

 俺としてはアルセーヌ先生の出す課題に対して、完璧な演技をした積もりだったが、先生はむつかしい顔をして不可判定を出した。

「お前さんは演技が良い子ちゃんすぎるんだよ、くさいと言ってもいい。実際に無実で無関係の無辜むこの市民でおまわりさんに事情聴取じじょうちょうしゅされたと思ってみろ、嫌な顔をしてオドオドした態度たいどで仕方なしに従うのが正解だ。ニコニコして協力した日には、お巡りさん相手の演技の練習をしている犯罪者か何かかもと疑われちまうぜ」

 演技のアルセーヌ先生はまだいい、生徒に完璧な演技をアドリブ気味に要求するだけで嫌気が差す程では無いのだから。

 問題は石川先生の授業だ。石川先生は下級生が受講する総合授業と、上級生が選択する拷問ごうもんの授業を担当している。

「お前がやった事は分かっている! 吐いたら罪が軽くなると言っているんだ! どうして吐かない!?」

 石川先生は一年生が受ける授業とは到底思えない剣幕けんまくで、せまい部屋の中で生徒とマンツーマンの形で怒号を上げ続ける。この時生徒は謝ったり、泣いたり、怒ったりしたら不可判定となる。この授業で可を取るためには、黙るか弁護士を要求する以外の行動は認められない。

 優等生と言われる生徒らは、この授業を良い授業だと言っているが、俺は全くそうは思わない。加えて言うと、石川先生の拷問の授業は講義だけなら楽しそうな物だが、水責めを耐える実技と評して学校の敷地内しきちないの湖でテストを行なうらしい。末恐ろしい話もあったものだ。

 他にもフード先生の体育の授業は、カリキュラムに二人一組になった相手を縄でしばり、これを自力で抜けるなんて物がある。俺は石川先生の授業以上にこれが苦痛で仕方がなかった。縄抜けなんて、人生で一体何の役に立つんだ!

 そんなこんなで俺はすっかり学校に嫌気が差し、不登校になってしまった。別に人間関係が原因で不登校になった訳ではないので、学校の友人達と話す事もある。

 それならばスパッと辞めればいいじゃないか。そう意見する人も居るかも知れないが、この学校でやっていけてる生徒や先生方は泥棒に適性を持っている人物なのだ。中でも心理学の森篤もりあつし先生は生徒と言う生徒の事を全て覚えている、それこそネットの中央に座する蜘蛛くもの様なすごい人間まで居る。

 俺の様に泥棒学校に適性が無い人間が、じゃあ辞めますと学校を去った場合、俺の事を覚えている泥棒学校の人間達はどう思うのだろうか? 獲物と思うのか、得物と思うのか、仲間と思うのか、裏切り者と思うのか……

 そう考えると俺は増々憂鬱ゆううつになり、学校へ向かおうと思うも足がなまりの様になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る