第二百八十九夜『食べて、食べて、食べて、出す-verminous-』

2023/03/25「音」「砂時計」「ねじれた遊び」ジャンルは「ホラー」


 せぎすの男女が三人、信じられない量のホットドッグを食べている。その様子を見ている人は狂った様に応援し、横に居る人達はカメラやマイクを手にその様子を中継、実況、解説していた。

 選手と目される痩せぎすの人達は声を発しない。ただ発するのは咀嚼音そしゃくおんと、そのたぐいだけだ。

 彼らはいわゆるフードファイターと言う奴で、この日のために調節を行なって来た勇士だ。現に彼らはその体系と言うか体積からは想像出来ない程の、それこそ三桁を優に超えるホットドッグを口腔こうくうへとみ、消し去っていた。まるで手品か魔法かとしか思えない光景だった。

 そう、イカサマだ。実は、ここに居る三人は三者三様のイカサマを働いている。いや、厳密にはイカサマではない。何せ大会の進行や規定に何ら抵触ていしょくしていないのだから、イカサマもクソも無い。海の無い国には漁業法なぞ存在し得ないのだ。

 こちらから見て左側に居るサラリーマン風の男性、彼は人間火力発電所と言うリングネームを持っており、嘘偽うそいつわりが無い食いっぷりで競技シーンを沸かせている。そう、

 彼には生体としてのが存在しない、代わりに存在しているのは人工胃。これが優れ物で、この炉心ろしんは人体が分解出来る物なら何でも分解が可能で、もうスピードでエネルギーへと変えてすぐに次の食べ物を炉心いぶくろへとき込めると言う寸法だ。即ち、彼の炉心いぶくろには限界がほぼ存在せず、限界が有るとしたら腸の方である。

 しかし、そんな人間火力発電所にも限界が訪れた。人間の胃袋をえた炉心いぶくろで食べ続けているが、他二名もいきおいが全くおとろえない。遂に腸の限界にぶち当たり、高熱と発汗をしながらたおれてしまった。

 それもそのはずだ。真ん中の少年、彼は人間火力発電所と違い生体の胃袋いぶくろを持っている。しかし彼はブラックホールとリングネームを名乗っており、彼の胃の内部には実際に観測できない暗部があり、限界を超えて食べた物が消失してしまうのだ。

 この胃の中にある暗部の仕組みは単純明快たんじゅんめいかい、限界を超えて胃の中に入って来た食べ物を、重力をもって暗部の中へと落とし、その結果として食べ物は限界まで小さくちぢんでしまうのだ。大食いと言う競技の中に発生した一種の防衛機能ぼうえいきのう、人体の神秘である。

 もうこうなってしまうと、人間火力発電所と言えど立ちむかう事は出来ない。何せ優れた胃袋を持っているだけでは、慮外りょがいの胃袋を持っている相手にはかなわないのも道理である。

 しかしブラックホール少年の顔はかんばしくなく、旗色はたいろも悪い。調子良く食べているものの、少年の体では経験豊富なフードファイターの手際の良さには追い付く事は出来ない。そして彼が今戦っているフードファイターは、今なお勢いが衰えない歴戦のフードファイターなのだ。

 こちらから見て右側に居る女性は大仰おおぎょうなリングネームは持っておらず、強いて言うならマザーと言う愛称のフードファイターとして知られている。

 彼女にもまた、秘密がある。彼女はお腹に寄生虫が居ると揶揄やゆされている程の食いっぷりなのだが、これもまた事実だ。しかしこのうわさは少々不正確で、その実彼女の肉体に寄生している虫の居場所は腸である。

 胃腸に寄生する虫と言っても、アニキサスの様なありふれた物ではない。彼女の腸に居る寄生虫はホイーラーと言うアメリカで発見された蠕虫ぜんちゅうで、今日こんにちよく知られている別名はワームホールと言う。

 このホイーラーと言う虫はリンゴの食害を起こす虫として一般的には知られているが、それは少々異なる。ホイーラーは、空間を食って向こう側へと抜ける生物なのである。

 つまりどう言う事かと言うと、ホイーラーがリンゴのこちら側からあちら側へと食い荒らした場合、リンゴの中身の距離きょりが無いかの様に向こう側へと抜ける。ワームホールと言う名称も、この虫が穴を開けるワープしているかの様な挙動から名付けられたのである。

 このワームホールが人体に、胃腸に寄生するとどうなるか? 胃腸と言う空間に穴を開けて、明後日の方向へと食物を通過させてしまうのだ。胃腸が第二の肛門こうもんになっていると表現しても、過言では無い。

「そこまで!」

 時計が制限時間を告げ、フードファイター達はホットドッグを口腔へと捻じ込むのをピタリと止めた。ブラックホール少年は決して大きくない体躯たいくで善戦したが、腕の長さや口腔のサイズですぐれるマザーには長期戦になるほど不利だった。人間火力発電所は腸の不調でダウンしている。

 方や胃袋にブラックホールを生成し、方や腸にワームホールを飼っていて何処いずこへと腸の中身をワープさせているのだ。文字通り人間業にんげんわざではないスコアで、実況は両者の健闘をたたえた。限界までホットドッグを圧縮あっしゅくする胃袋も、消化したホットドッグをここではない場所にワープさせる寄生虫も、互いにイカサマをしているのだから特に卑怯ひきょうでもあるまい。

 その時であった。空から茶色い何かが大量にが降りそそぎ、周囲に気分が悪くなる様な異臭がただよった。

「何だこれは!」

クソッ! なんてにおいだ!」

「うんこだ! 空からうんこが降って来たぞ!」

「なんでうんこが空から降るんだよ! 全国の下水の中身が空にワープしたのでも言うのか!?」

 会場は最早もはや、糞も味噌みそ一緒いっしょの混乱であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る