第二百四十三夜『生ける屍の落とし文-Dear John letter-』

2023/02/01「動物」「犠牲」「ぬれた廃人」ジャンルは「ギャグコメ」


 世界が真っ暗になった様だ、もう何も信じられない。私が夢中になっている、映画化も決まっている小説がコネでメディアミックスの資金を捻出したと炎上したのだ。

 そんな大袈裟おおげさなと思うかも知れないが、私にとっては重大な事だ。私にとってあの小説は人生そのものであり、人生を変えた一冊以外に形容の仕様が無い。

 私はこの小説を人生のしるべにし、私もまたこの様な誰かを感動させる小説を書こうと決心をした。今はまだ書けていないが、毎日アイディアを練ったりインプットをしている。近いうちにこの人と同じレーベルの公募に私の最高傑作を送る予定だ!

 その矢先、これだ。もう何も信じられない。私はあの小説のファンである事をほこりに思っていた。しかし今では私の周囲の人は皆、この事を知ってか知らずか、あの小説を叩いている。私は胸を張ってその事を口にしたいが、周囲の環境がそれを許さないのだ。

 私は唯一の人生の杖を失った。これから何をたよりに生きて行けばいいのか、全く分からない。死にたい。

 この一連の文章は、私の遺書の様な物だ。

 死にたい。

 まだ私の小説は書けていない、書ける訳が無い。

 死にたい。

 せめて、この遺書が私の尊敬する先生の目に届いてくれないだろうか。

 死にたい。

 ただ一言、私の愛したあの作品が映画になったのはコネなんかのお陰ではないと、一言言ってくれたら、それでいい。

 死にたい。

 もう私には書く気力も生きる気力も無い。

 死にたい。

 もう私は何もかもがどうでもよくなってしまった。

 死にたい。

 せめて死ぬ前に、私の敬愛する先生に何か言葉をかけて貰えないだろうか?

 死にたい。

 私は明日死ぬ事にした。


「それで、どうなったんですか? その人は」

 ある集合住宅の一室、作家の男とその同居人の青年が居た。作家の男は自分の体験談を同居人に話している所で、同居人の青年は作家の男の話の動向をながら作業をしつつ聞いていた。

「ああ、ボク好みの怨念おんねん……いや、日常の中のくすぶりや鬱憤うっぷんが感じられるいい文章だったもんで、憐憫れんびんと言うかあわれみから声をかけてやったんだよ」

「それで、先生はなんて声をかけたんですか?」

 同居人の青年は、なるべく作家の男に対して大変興味深そうに聞こえる様に最低限の努力をしつつ、作家の男性の言葉の続きを引き出さんとした。

和徒かずただ君、中々態度が殊勝しゅしょうになって来たじゃあないか! ボクは嬉しいよ」

「いいからさっさと簡潔に最後まで話してくれませんか?」

「おいおいおい、君はボクを持ち上げたいのかけなしたいのかどっちなんだ?」

 同居人がてのひら返しな態度を示した事に、作家の男は眉間みけんしわを寄せながら言った。

「まあいい、ボクはただ一言『いいから黙って書け』って声をかけてやったんだ。あのブログ、誰一人コメントが無かったからボクの助言はさぞ心に染みただろうね……まあやっこさん、ボクのコメントが気に入らなかったのかブログ消したらしく、後日検索をしたら。ページが見つかりません。って出たけどな」

「えっ、それってその人死んじゃったんじゃあ……?」

 同居人の青年が心配そうな声をあげた事に、作家の男は笑いをこらえる事が出来ずに失笑した。

「バカは休み休み言えよ君! どうやって死人が自分のブログを消すって言うんだい? そんな事が可能なら、肉体が無くてもネット上の文章をアレコレ出来ると言う事になるじゃあないか! 是非ともボクも御教示頂きたいところだね!」

「あ、そっか」

「あの手の輩は承認欲求をこじらせて、死ぬ死ぬアピ―ルをしてあわよくば誰かに声をかけて貰おうと言う魂胆こんたんで、その結果がかんばしくなかったら別名義に生まれ変わろうって腹だろうねえ! それとコレを、こいつの自称遺書の写しを読んで見ろよ、私の、私の、私の、私の! エゴが肥大化し尽くして、物事を正しく知覚や表現出来ない人間の典型だぜ? 全く、あんなに作家を尊敬しているだの、ショックな出来事があるだの言ってるんだったら、その時間を使って、それをネタにして小説を書けば良いのに、本当に口だけの能無し……いや、脳味噌の代わりにカニミソが詰まっているんだろうな!」

 作家の男は可笑おかしくて可笑しくて堪らない、他人をバカにするのが楽しくてしょうがないと言った様相で滔々とうとうと語り始めた。

 同居人の青年は、もう太鼓持ちをしなくても平気そうだな。と、顔に出して平常心をしている。

「でも先生、そう言う風に他人をネタにするのってどうかと思いますよ。本人が見たら怒ると思うと言うか……」

「何を言っているんだい? 件の口だけワナビーは、本人の弁を信用するなら死んだんだぜ? 死人に口無しと言う奴さ、確かに知られたら本人は怒るかも知れないが、そもそも知られる事も無いだろうし、その時は……何でお前が生きているんだ? お前は死ぬって言ったじゃないか! ダメじゃあないか、嘘をついちゃあ! で、貫き通すさ」

「そうっすか、多分何時いつか手痛いしっぺ返しを喰らいますよ」

 作家の同居人は携帯端末をいじり、飲食店の広告を眺めている。

「何を言う! 日常で感じた負の感情を作品と言う正の形にして周囲にアウトプットする。これは正常で正しく立派な行為なんだぞ! 他人の金遣いに言及する周囲の連中を人質役にする、いけ好かない担当編集を悪の科学者にする、腹の立つ知人を怪獣のえさにしてメガネと万年筆だけ残して咀嚼そしゃくさせる、すれ違ったチンピラを正論で理論武装した連続殺人犯に言い負かされて殺される役にする! みんな大なり小なりやっている事だ!」

 作家の男の熱弁に、同居人の青年は思い出した様に口を開く。

「ああそうそう、ところで先生はその映画化? するって言う作家さんに目星はついているんですか?」

「ああ、それならボクはその人の名前を出さなかったし写しには記載しなかったが、元のブログにはその小説も作家の名前も商品情報やまとめ記事をリンクする形で載っていたよ。ボクに言わせれば、言いがかり以外の何物でも無い。そもそもボクが出資者の立場で、クッッッッソつまらない小説を映画にするからお金を下さい! って言われても、絶対に金は出さないからね!」

「それは良かった。じゃあ、コネがあるお陰で映画になったんじゃないんですね!」

 作家の同居人は携帯端末から目を離し、顔に明かりを灯らせた。この会話のドッジボールの最中で、間違いなく一番感情的な表情だ。

「何を言っているんだ、君は? コネが無い訳が無いだろ、仲の良い同級生と一緒に本を書いてヒット作になる事もあるんだ。コネの無い人間なんて居ない、コネをコネと思っていない人間が居るだけだぜ」

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