第二百四十二夜『蜜よりも甘い仕事-bitter as wormwood-』

2023/01/31「陸」「洗濯機」「観賞用の山田くん(レア)」ジャンルは「時代小説」


 俺は暗殺者組合に所属している、とある事務所の職員の一人だ。

 俺の仕事は主に依頼主いらいぬしとの相談サービスに、依頼の精査、そして実働任務だ。この頃はどこの事務所も人手不足で、こんな感じの暗殺者は多いらしい。中には組合に所属こそしているが、特定の事務所に所属していないフリーランスの暗殺者も居るらしいが、そっちの方がひょっとしたら気楽かも知れない。

 あなた方は暗殺者組合なんて言うと、毎日殺したり殺されそうになったりスリリングな毎日を想像するかも知れないがそんな事は全く無い。

 例えば今日あった依頼の一つに、回転寿司屋の店内で迷惑行為を撮影してソーシャルネットサービスを用いて拡散した山田とか言う無法者のガキを殺して欲しいと言う物があった。トンでもなくけしからんやからが居ると言う点では同意するが、残念ながら俺達はそんな仕事はしない。

 うちはクリーンな事務所だから、法的に認められない仕事はしない。暗殺者だって法律にのっとって仕事をしているし、他人に迷惑をかける様な事はしない。だからこそ俺は依頼人と相談をするし、依頼人やターゲットの事実関係を洗い上げて確認してから殺害に移るのだ。

 職業に貴賤きせんは無い。例えば海賊だって国や時代によっては免許制で、略奪した金品を国に上納しないといけない。陸の上も海の上も同じだ、暗殺者だって事務所の方針は勿論、国の定めた法律には従って生きているのだ。ゆえにうちの事務所は敵討かたきうち法に沿った殺人しか行なわない、逆に言えば敵討ちの要件を満たす殺人なら何でもけ負う。

 先の依頼で言うならば、寿司屋が無法者共の迷惑行為で店が潰れてしまい、それを苦に首を吊ったとでも言わない限りは、うちの事務所の方針では依頼を受ける事は出来ない。

 そもそも法に背く様な殺しをして正当性が認められなかった場合、俺だけでなく依頼者もまとめて奉行所ぶぎょうしょに連れていかれてしまう。

 しかしうちの事務所はキチンと届出とどけでを受理してからターゲットを殺しているので完璧に合法だ。正当性のある殺人なのだから、正当防衛と同じ位合法なのだ。

 そうそう正当防衛と言えば、なんで劇の暗殺者とか刺客しかくは誰それの分だ! だの、誰それの仇! とか言ってさっさと殺さないの? と言う人は多いが、それにもれっきとした理由がある。敵討は法的には原則として決闘として見做みなされる、つまり先にお前を殺すぞと宣言してから殺さないと非合法になってしまうのだ。

 これでもしも今日から全ての決闘は非合法です! なんて宣言が行なわれる様な日がやって来たら、その時は俺達全員おまんまの食い上げだ。

 ただ現代だからこそ、合法的な暗殺がスムーズに行える要素もある。ソーシャルネットサービスを用いて、今から何某なにがしの仇討で殺しに行きます。とダイレクトメールを送れば、それが正当性のある内容であれば殺しを行なうのに何の障害もなくなるのだ。これの便利な点は、常日頃うらみを買うのに慣れた人は殺すぞと言われても一々通報したりしない事で、他人に言えない様な人物なら猶更なおさら警察に泣きついたりする事は出来ない。

 他にも少なくともうちの事務所は一に規律、二に規律で、この傾向は暗殺者組合全体の体質だ。そもそも何故暗殺者組合なんてものがあるかと言うと、暗殺者同士がかち合ったり殺し合いになったら話にならない。この依頼はどこの事務所と合同だの、この仕事はあっちの事務所が適任だのと連絡する必要がある。

 他にも、暗殺者なんて職種は人殺しなんだからテキトーな嘘八百を並べておとしいれてやろう! なんて画策する輩が皆無だとは断言できない。なので依頼を受ける前にこうして事実を精査しないといけないのだ。

 今回の依頼は、敵討の要件を満たしていないので別の事務所に送る事にして見送った。中には頼まれたらどんな仕事も請け負うと豪語している暗殺者も居るが、今回の件は名刺を渡しておくだけでも抑止力になるかも知れない。何せうちの事務所と相談した事は本当なのだから、その事を喧伝けんでんしても嘘にはならない。

 とにかく暗殺者組合だなんて非現実的に聞こえる組織でも、現実は規律と法律と書類仕事ばかりで全くな事は何も無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る