第二百三十九夜『見えない標-be leading the theory-』

2023/01/28「虹」「プレステ」「輝く城」ジャンルは「SF」


 先日私の小説が分かり難いと言う声が届いた。何でも、主人公が異世界へ転移した後にハンバーグにこだわる理由が分からないらしい。

 地の文で異世界だからハンバーグが存在しないのは当り前と書いたが、それでは足らないと言うのだろうか? はっきりと地の文にハンバーグは地名に由来する料理なのだから、異世界に存在しないのは通りであると書くべきだっただろうか? いいや、あの作品の地の文は主人公の独白なのだから、それではテンポが悪くて話の長い主人公が出来上がってしまう。娯楽小説とはスパスパと切れ味が鋭くなければならない、一つ一つの句読点の長さは簡潔であるべきだ。

 ではどうするべきだろうか? 私は異世界転移と言えばもっぱらナルニア国物語程度しか知らない。故に、幾つか異世界転移作品を小説投稿サイトで手に取って観察する事にした。

 なるほど、主人公は理由はともあれビデオゲームやパーソナルコンピューターの様にウィンドウを視界内に展開して正確な情報や数値を調べ上げる事が出来る作品が多いらしい。それはその世界が有している特徴とくちょうであったり、或いは神々からもたらされた天性の才であるらしい。

 よく分からない世界ないし、神々だ。視界内にウィンドウが展開すると言うのは、どう言う表現だろうか? それは物理的に存在しているのか? 才能を有している人間にしか見えないのか? 才能を有している人間同士には互いには見えるのか? そもそもそのウィンドウは半透明なのか、それとも透明でなく視界をさえぎる性質なのか? 才能や神の力だと言い張るのならば、それは無から情報の書かれたウィンドウを物理的に生成する魔法とでも称した方が齟齬そごが無いのではないか? しかも始末が悪い事に、私が読んだ中にはこれらの疑問に関する答えは無かった。

 疑問を解決するための筈が、疑問が増えるハメになってしまった。全く困ったものである。

 そして何より、そもそもとして正確な情報と言うのも何をもってそう表現しているのかも疑問だ。そこから得られる知識が正しくとも、その世界の住民の輿論よろんや常識や通念から外れていては役に立たない場面も出て来る。例えばウィンドウに虹の色は何色なんしょくかと尋ねてみたらどうなるだろうか? 虹の色は国によって数が違う、五色の国も六色の国もある。正しい知識を提示するならば、さらに細分化した色の数々を一つ一つ精査して表示するのではなかろうか?

 無論、常識と異なる真実を知る才能を持っているというのは話を作る事に優位と言える。

 しかし通説と真実の区別がつかないと表現すると、途端に危険になる。

 例えばコロンブスは航海から期間した後に、自分に資金援助をした女王に黄金や香辛料の他に虐待して遊ぶ用の奴隷どれいを献上したが、それが顰蹙ひんしゅくを買って失脚しっきゃくしたと言われている。しかしこれは日本国内で有名な俗説で、スペインやイタリアの資料には無い。コロンブスならやりかねないと言う、信憑性しんぴょうせいや説得力が感じられると言うだけの理由で俗説が通説として幅を利かせているのだ! そもそも世渡り上手で資金を捻出する事が出来たコロンブスが、奴隷を労働力ではなく無為に使い潰す為の献上品にするかと言うと、それは考えづらいと言える。切り口を変えて考えればすぐに分かる事とは言え、その様な通説や常識が無い中で途中式も無しに真実を端的に知ったとしても、それは知っているだけに過ぎず活用は出来まい。

 コロンブスに言及するとなれば、もう一つ好例となるのは地球が球体だと言う認識だ。実際のところ、船乗りや天体学者は古くから地球が丸い事を知識ではなく感覚で理解していた。だってそうであろう、海上で真っ直ぐ前を見て港が見えないのは地球が平らならばおかしい。アリストテレスは月と太陽を観察し、その結果地球は丸いと知ったと言われている。しかし地球が丸いと船乗りでも天文学者でも無い一般人に知れ渡るのはコロンブス以降となる。コロンブスの時代の船乗りが地球は丸いと感覚で理解していたのは先述の通りであるが、しかし彼らも海図の外には海水しか無い事が常識だったとされている。

 これらの感覚も常識も計算も経験も無しに、地球は丸いと発言しても信頼されるだろうか? ただ知っているだけと言うのは、それだけもろいのだ。世界の性質だか神々の力だか知らないが、それならもっと便利にシステマティックに作って欲しい物だ。

 私の目には神様作者が手を抜いて安普請やすぶしんしている様にしか見えない。

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