第二百二十九夜『あるお人好しの出立、斜陽、そして再起-the Evangelist-』

2023/01/18「灰色」「クリスマス」「おかしな枝」ジャンルは「純愛モノ」


 昔、あるところにお人好しの大工が居た。そのお人好したるや、ただのお人好しではない、恐らくは究極のお人好しと言っても過言ではない。

 そのお人好しは大工の家に生まれ、幼少期は学び舎でよく学び、よく先人の話を聞く神童であった。その結果、古典古文、哲学、演説、民間療法みんかんりょうほうの分野に頭角を現し、周囲の大人達から持てはやされたが、特に何という事も無く大工の道を歩んだ。

 しかし、そのお人好しは大工としては特に活躍かつやくした事は記録に残っていない。と言うのも彼はあまりにもお人好しだったため、東に病気の子供が居れば看病しに行くし、西に疲れた女性が居れば手伝いに行くし、南に死を怖がる人が居れば聖典の言葉をきに行き、北に争いがあれば気が済んで仲直りするまで見張ろうとする。そんなお人好しだったので、誰もが本業が大工と言う事しか印象に残っていないのである。

 そんなお人好しの大工に助けられた人は少なくなく、つまり彼をしたう人も少なくなかった。何時しか彼の周囲には、彼の事を先生と呼んで手伝う人が十数人居た。

 前述の通りお人好しの大工の事を知る人は多く、しかしそれゆえ彼を試そうとする者も居た。

「余は地獄の魔王だ。お前をお人好しと見込んで頼みがある、これから一緒に飛び降り自殺をしようじゃないか!」

 無論、飛び降り自殺をする気など毛頭ない。この魔王を自称する人物は、お人好しの大工を揶揄からかうのが目的だ。お人好しだと言うのならば、悪魔を自称すればなぐりかかってくるかもしれないし、本当にお人好しならそそのかされて自殺をするかも知れない。

「悪魔を名乗ったりするものではありません。何か事情でもあるのでしょう、一緒に神殿でお話でもしましょう! それから、もしよろしければ私と一緒に善行をしませんか?」

 結果は全くのぬかに釘。仮にこの男が本気で世の中をはかなんでいようが、お人好しの大工は同じ事を言っただろう。彼にとって悪魔を自称する人間なんてものは、話し相手を欲している普通の人間としか考えられなかったのである。自称地獄の魔王の首ねっこを引っつかんで神殿まで引きって行き、コミュニティに引き込んでしまった。

 今、お人好しの大工は丁度周囲の人々に、人は国籍や人種や信じる神で天国に行くのではなく、善人であればそれば天国へ行くのだ! と、そう持論を声高に述べており、自称地獄の魔王はそれにうんうんとうなづいている有様だ。

 それで話が終われば良かった、しかし彼は究極のお人好しなのである。

 ある時、彼は自分をしたう従者達と共に慈善活動を行なっていた。その際に慈善活動を聞きつけた何千人もの空腹の群衆が寄って来たのを見て、なんとか食料を都合しようと言いだしたのである。これにビックリ仰天したのは従者達、お人好しの大工は大工であって石油王でもハリウッドスターでもない。持ち合わせた食料は精々五人分、しかしお人好しの大工はこのままだと五人分の食料を千分割しそうな勢いだ。従者達は自分達や、更に周囲の人達に事情を話して食料を都合してもらい、何とか数千人分の食料を都合して事なきを得た。

 しかし、お人好しの大工はそんな事では逃げない、めげない、へこたれない、しかもその上諦めない。ある時神殿で声高に持論をぶち撒けていた。

「聞け! 無意味な戒律かいりつで人を縛り、善人たる事を許さない教えは現代人が遵守じゅんしゅする必要など無い! その様な戒律を本気で押し付けるのであれば、その様なむなしき神を拝んではならない!」

 まさかの宗教機関や聖職者に対する敵対行為である。しかしお人好しの大工は害意本意でやっているのではなく、世の為人の為にやっているのであって、歯に衣を着せる積もりが全く無い。これには従者達も呆然ぼうぜんするばかり。しかしそれでも彼は止まらない、何故なら彼は究極のお人好しなのである。

「宗教や崇拝を強制する様な神殿、国家、君主の命は長くない! 近い将来に滅び、これをかんがみるのは歴史家だけになるだろう!」

 今度は国家に対して唾し始めた、これには従者の内から止める者が出る。しかし人の世は隠す程あらわれるものである、お人好しの大工は完全に政府にマークされてしまった。

 こうなると従者達も一枚岩ではなくなってしまう、白と黒に綺麗に割れる訳では無く、グレーゾーンの従者も出て来るが、それは大きな問題では無い。もう付き合ってはいられないと一人の裏切り者が出て、お人好しの大工はたちまち彼が喧嘩を売った祭司一行に捕縛ほばくされて裁判所まで引き回され、罪状なんてどうでもいいから早く処刑しろ! と言わんばかりの展開で、たちまち内乱罪やら外患誘致罪がいかんゆうちざいやらを着せられて処刑されてしまった。


 しかしそれでも話は終らない。かつてお人好しの大工の従者だった女性が墓参りに行くと、これ見よがしに墓が自ら開いたように暴かれていたのである。

「人助けが服を着ていた様な人だ、きっと死んでも人助けをしたかったに違いない……」

「天国に行くために善行をしろとか言っていたよな……他人を助けるために天国から帰って来たのか?」

「でもあの人なら、死んでる時間なんて無い! と叫んで起き上がり、墓石をどけて出て行く気がする……いや、その姿が目に浮かぶ」

 従者達がそう言った様に、お人好しの大工はあっちやこっちで人をはげましたりしかっている姿が国や時代を超えて目撃された。生前彼が言っていた様に、彼にとっては時代も国籍も物事の枝葉ではないのだ。ある時には、精神を疲弊ひへいさせた宇宙飛行士の前に現れて話相手になったと言う証言すらあった。彼とって、地球外に居る人間を励ますなんて事は、これっぽっちも不可能では無いのだ。生前から不可能に思われる事をやろうとしていたのだから、一旦没した後でも同じ事をするに決まっている。

 何せ、彼はお人好しなのだから。

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