第二百十七夜『神の言葉-echo-』

2023/01/05「おもちゃ」「メトロノーム」「最高の目的」ジャンルは「指定なし」


 人里離れた山岳さんがくの上層部から人を呪う声がひびいた。

 その声は殺意に満ちあふれ、他人を害してやろうと言う意思を有しており、メトロノームのごとく正確に一定の間隔で響き渡った。


 俺には腹に据えかねて居る事があった。人間生きていればそんな事は一つや二つはあるだろうが、とにかく俺には我慢できない程の鬱憤うっぷんがあったのだ。

 最早俺の我慢は限界を超え、腹の底から呪詛じゅその言葉を吐いた。

「糞喰らえ!」

 すると俺が呪った相手が道で急につまづいて顔を打ち、取り乱し始めたかと思うと顔に犬の糞が付いていた。最高の気分だ!

 一つ付け加えておくと、俺とそいつの関係は話さない。何をされたか、何を言われたかと言う証言一つでどこの誰か特定出来てしまえるのだ、危うい事は何も言えない。


 俺は、自分には呪術の才能があるのではなかろうか? と、そう考えて自分で自分を実験し始めた。結果として幾つか分かった事が有る。

 俺の言った事がその通りになるのは、腹の底から怒りを感じている時に呪いの言葉を吐いた時だけだった。本気で怒っていなかったり、口に出さないと効力は無かった。

 逆に言えば、俺が本気で怒った時に怨みから口に出した言葉は何でも成就じょうじゅした。俺が本気で怒って「豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ!」とそう言えば、そうなるだろう。最早俺にとって他人など、癇癪かんしゃく起こした子供の手に握られた壊れ物のおもちゃに等しい。

 俺はある計画を考えついて、それを実行に移す事にした。俺の人生は不公平と障壁の連続だった、それならば今ここで美味い汁を吸ってもいいだろう。あとは野となれ山となれだ。

 そう考えながら俺は地元にある山に登った、この辺り一帯を見下ろせる高い山だ。無論軽率な装備で登って遭難そうなん等したくもないので、装備や季節には気を配って安全第一で挑んだ。

 俺の視界にはここら辺一帯が広がっていた。何も良い思い出の無い町だ、しかし俺の心は今や晴れやかだった。俺は思いっきり息を吸い、叫んだ。

「死ねーっ!」


 人里離れた山岳の上層部から人を呪う声がひびいた。

 その声は殺意に満ちあふれ、他人を害してやろうと言う意思を有しており、メトロノームのごとく正確に一定の間隔で響き渡った。

 しかし町のはるか上から何か叫んでも、声が届くなんて事はそうそうない。

 聞こえるとしたら精々、声の持ち主の耳にやまびこと言う形で帰って来る程度だろうか。

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