第二百八夜『視線感知-sight seen-』

2022/12/26「風」「プロポーズ」「幼女」ジャンルは「指定なし」


 星明りの他に灯も無く、相手の顔も見えない様な星夜の事だった。俺が親父から依頼を受けて要人を迎えに行ったところ、目的地に足を踏み入れたところで大きな野太い声がした。

「お前さん、知ってるか? よく女は胸を見られているとか尻を見られているとか言った視線に敏感だとか、男は女の体をジロジロ見るがバレバレだと言うが、それは厳密に言うと嘘だ」

 野太い男声、声の持ち主は十中八九大男だろう。俺が親父に迎えに行くよう命じられた要人は女性、それもまだ少女と言えなくもない年齢の筈だ。しかし、この声は大男と要人が会話をしている風では無く、俺に投げかけられている様子だ。

「俺に言っているのか? 何が言いたい?」

 俺がそう言うと、野太い男声は我が意を得たりと言わんばかりに喜色を帯びて続きを滔々とうとうと語り始めた。

「女が視線を目視する能力を持っているんじゃない。例えば私やお前が頭頂部のハゲたおっさんだと仮定しよう、いや、ハゲたおっさんが嫌ならば、顔面を火傷した男でもいいし、或いは額に傷がある少年とか、もしくは手術痕しゅじゅつこんだらけの青年でもいい」

 俺は、嬉々として語る野太い男声を好きなようにしゃべらせた。親父が言う事には要人には護衛が一人付いており、もしも交渉こうしょうが決裂しようものなら、手荒な手段を講じざるを得ない。と、親父がそう判断したからこそ、俺と言う盗人におはちが回って来たのだ。野太い男声は俺に対して害意を持っていないが、悪意を持っている、しかしそれと同時に退屈もしていると言った様子だ。無駄に警戒心を抱かせるのは得策ではない。

「とにかくだ、仮に私が頭頂部のハゲたおっさんだと仮定した場合、周囲の人間がハゲたおっさんが居るなあとジロジロ見る事が分かるのだ。人とは見る側も見られる側もそう出来ている、相手の身体的特徴しんたいてきとくちょうは目に入るし、ジロジロ見られる側はチラリとでも視線と視線が交わえば把握はあくするものだ」

「それじゃあ何だ、お前は俺を女の体ばかり見ている男で、お前はそれをお見通しだとでも言うのか? まさかスケベな男とハゲたおっさんを思わず見てしまう女は、共に同価値と言いたい訳ではないよな?」

 野太い男性は気分良く語り終わったからか、俺の返答が痛く気になったのか、満足そうに高笑いをするだけだった。

 そんな事はどうでもいい、情況的に言外と言うべきか言わざるべきか、野太い男声は俺が要人を盗みに来た事を知っている様子だ。交渉に応じないと言う意思表示ではない、俺と言う盗人の存在と思惑を知っているぞと言うポーズに他ならない。

 カチリカチリ、石を打ちつける様な音が響いたかと思うと、松明たいまつに火が灯り、野太い男声の姿が照らされた。声の低さと大きさ通りに俺の倍以上は身長が優に有る巨漢、しかし問題はそこでは無い、巨漢の顔にはあごにも側頭部にも目が二つずつあった。いや、それだけではなく巨漢の眼球はポツリポツリと、肩に胸に手に腕に脚に足に全身に遍在へんざいしていた! これならば、彼が言う身体的特徴がある人は相手からの視線に敏感だと言う持論も納得だ。

「主人の命だ、彼女は私の手で隔離かくりし続ける。お前もお前の主人の命で来たのだろうが、人攫ひとさらいの実行犯でもなければ私は手にかける事はしない」

 勘弁かんべんしてくれ、こちとら親父のお気に入りの娘を攫い損なったら雷を落とされちまう。俺は声にも表情にも出さずに、心中でそう毒づいた。

 その時巨漢の裏に、ヒョコリと心配そうな女の子の姿が見えた。嘘だろ!? 俺は親父から巫女みことして働いている年若い乙女にれてしまったから、プロポーズをしてめかけとして迎え入れるべく秘密裏に攫って来いと言われたんだ。今しがた見えた女の子は、控え目に言って童女と言ってもいいような年齢に見えた! あの雷親父、幼女趣味まで合併症を起こしていたのか! 親の顔が見てみたいと言う奴だ!

「大丈夫です、お嬢様。俺の目が黒い内は、絶対にお嬢様の身を危険にさらさせはしません」

「どの目がだよ」

 優しそうに護衛対象にささやく巨漢の言葉に、俺は脊髄反射せきずいはんしゃ染みた野次を入れてしまった。

 そうしている間も、巨漢の顔は要人の方を見ているが、巨漢の眼球の多くは俺を見据えていた。全く完全にすきが無い。

 仕方なしに、俺は尻尾を巻いて一時撤退いちじてったいする事にした。

 あの巨漢の言っている事は正しい。男は女の胸に目が行くし、禿げたおっさんはチラリチラリと頭を見られる、目は口ほどに物を言うし、俺は親父に大目玉を喰らう事になる、しかしあんな目玉が百個ある巨漢に無策で突っこむのは勝ち目が無い。何か目からうろこが落ちる様な秘策でも無ければ、の目たかの目している巨漢の目を盗むのは絶対無理だ、俺は逃げながら血眼になって熟考した。

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