第百九十五夜『裸に見えるメガネ-the spectacles-』

2022/12/10「虹」「タンス」「ゆがんだ主人公」ジャンルは「大衆小説」


「これは何だ?」

 こじんまりとした小間物屋、虹色に光る糸でまれた布巾や、美しいり物が施された化粧箪笥けしょうだんす等、どこかあやしくも美しい品々の中に、半透明のプラスチックのケースに入ってそれはあった。

 一見するとただのメガネだが、レンズに色が付いている訳で無し、向こう側がゆがんで見える訳でも無し、度が入っていなければサングラスでもないファッショングラスに見えた。しかしファッショングラスと言うにはそれは地味で、しかもレンズも大きくて変装目的でも使い辛そうな代物に見えた。

「そのメガネが気になるのですか? それは裸に見えるメガネですわ」

 僕が興味深そうにメガネをマジマジと見ていると、店主らしいシンプルなドレス姿と長髪が目に映える妙齢みょうれいの女性がそう言った。

「裸に見えるメガネ?」

「ええ、裸に見えるメガネ。性質上お試ししていだたく事は出来ませんが、うちにある商品はどれも本物よ」

 店主は僕を半ばけしかける様に、半ば老婆心ろうばしん慈愛じあい満ちあふれる様に、そのメガネを勧めた。

「いやお待ち下さい、その裸に見えるメガネと言うのは本当なのですか? 本当だとしたら、一体どう言う仕組みで働くと言うのですか?」

「魔法よ」

 店主らしい女性はバッサリと切って捨てる様な返答をした。魔法が答えになるなら、何だって答えになるだろう、ふざけた店主だ。

「疑ってらっしゃる? でもこのお店にあるのは全部本物で、気に入らなかったら返品も受け付けるわ。そのメガネはありのままの姿をさらけ出してみたいと言う、強い願望が宿っているの」

 そう言って、店主らしい女性は自信満々に形の良い胸を張った。そこまで言うのならば買って、この場でけてやろうではないか!

「ふふふ、興味がおありの様ね。ただし約束してくださいな、そのメガネを掛ける時は必ず人目が無い場所で掛ける事!」

 何だそれは、それでは家の中で望遠鏡か何かを使ってのぞきをするのと何も変わらないじゃないか。

「何故ですか?」

 僕は思った事は口にせず、最低限の言葉だけで店主に尋ねた。

「そんなもの決っているわ。誰だって、何かしら、見られたら困るのですもの。だからそのメガネを買っても店内でも、公共の場でも掛けないで、周囲に他人ひとが居ない場所でだけ掛けて下さいね? それがこのメガネをお売りする条件よ」


 僕は強い好奇心と一分のスケベ心から、裸に見えるメガネを買った。度の入ってないメガネにしては安くも高くもなく、詐欺さぎの様な気もしたが、返品も受け付けると言っているし、安い買い物だしで、物は試しと購入したのだ。

 本音を言うと、僕を試すような態度を取った店主の前で、そのドレスの上からも分かる形の良い胸をメガネで透視とうししてやりたかったが、そこまでの度胸は無い。

 しかし、だからと言ってあの店主の言う事を四角四面に守る積もりも毛頭無かった。だって裸に見えるメガネだ、好奇心を抱かなかったら人間じゃないだろう。

 場所は近所の高校、そのすぐ隣の歩道、時刻は四時頃。多くの女学生にとって通学路となっている道だ。

 別にやましい気持ちが無い訳では無いが、繰り返すがこれは好奇心が第一で一分のスケベ心をともなった物で、例えば誰だって趣味じゃない中年の全裸など進んで見たくはないだろう。つまり女学生を被験とするのは当然のことわりであって、自白の明であって僕は何も悪くないし、何もおかしくはない。

 こういう時は不審な動きをしてはいけない。ニュースに出て来る不審者と言うのは、大抵不審な動きをするから捕まるのだ。その点僕はメガネをかけて通りすがりの通行人と言うだけなのだから、何も怪しくも何ともない。完璧な作戦だ。

 僕は角の向こうから女学生の声が聞こえる事を確認すると、裸に見えるメガネを掛けて不自然にならない様に歩みを始めた。勿論角の向こうに居るであろう、女学生の裸が見えてもマジマジとは見ない。今日こんにちではジロジロと異性を見るだけでも通報されてしまうと聞いた。

「君、ちょっといいかな? 何やってるの?」

 そう言って、僕の肩にポンと手を置いて来たのはおまわりさんだった。


「俺が居ない間に売れたんですか!? あの裸に見えるメガネ」

 不思議な品々を扱う小物屋で、アルバイトの青年が、店長らしきすみを垂らしたような長髪とシンプルなイブニングドレス風の衣服の女性に声をかけた。

「ええ。物珍しそうな目で見ていて、私が説明をしている内に目をキラキラ光らせるというのかしら? 目の色を変えて欲しそうな素振りを見せたから破格で売ってあげたの」

「信じられないです……俺、アレは絶対需要じゅようが無いと思っていたのに……だって、裸に見えるメガネですよ? 何に使うと言うのですか? 冤罪えんざいの吹っ掛け位しか俺には思いつきませんよ」

 アルバイトの青年は、件のメガネを買った客を責める様な胡乱うろんな人物を不審に思う様な口調でそう言った。

「いいえカナエ、あのお客さんは絶対にそんな事はしないわ。私がそう思ったからからこそ、売ってあげたの。仮に私の目を欺いたのだとしても、それはそれですごい事で賞賛に値するから別に構わないわ」

「そうですか……アイネさんがそう言うなら構いませんけど、一体何に使う積もりだったんでしょうか?」

「もうすっかり冬よ。きっと露出趣味だけど、外が寒くて悩んでいるお客さんだったんじゃないかしら?」

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