第百七十五夜『時代劇の向こう側-Chronostasis-』

2022/11/17「春」「アルバム」「最悪のツンデレ」ジャンルは「時代小説」


 時代小説である。時代小説と言うのはつまり、江戸時代の街並みで事件が起こったり、解決したりするものである。

 西部開拓時代を舞台にした劇を時代劇と表現する事もあるかも知れないが、それは一般的に言って西部劇であって時代劇と称される事はそうそうない。他の類型においても同様である。

 ここは大江戸八百村。江戸時代の街並みを再現したテーマパークであり、時代劇の撮影も行なわれている由緒正しい江戸村である。ゲストは外からの客人まれびととして歓迎され、住民になりきって江戸の生活を体験したり、客人として観光を楽しむ事が出来る。この季節は、桜の花の下で記念写真を撮るのがゲストの間で人気だ。

 今も丁度村の一角の長屋の中で、村民―と言うていのスタッフ―二人が漫談をゲストの前で演じている。アトラクションの一つと言うよりは、ゲスト向けのお土産屋さんの宣伝か。

「聞いておくれよ、八っつぁん。俺ぁこないだ貸本屋かしほんやで本を読んだんだけどよ、これが酷く感動的だった訳よ」

 村民の内、太った方の男性が痩躯そうくの方の男性に話を振る。痩躯の男性は、また始まったよ……と言いたげに、半分上の空と言った感じの様相で話を聞く。

「熊さん、お前字が読めたのかい?」

「いやいや、俺だって寺子屋で読み書き計算はばっちし習っていらぁ! そんな事より貸本屋だよ貸本屋、最近の貸本屋はこれがまたすげえのよ! うちの長屋のご隠居が何か面白そうに読んでいるから読み聞かせてもらったところ、これが面白いのなんの!」

「なんだ自分で読んだんじゃないのか、そんなんだから俺に字が読める事を驚かれたんだぞ」

 そう憎まれ口を言われるも熊と呼ばれた男性は特に怒らない、そんな事はどうでもいいと言いたそうな顔をしている。

「まあそう言うな、そこで俺も自分で貸本屋に通って自分で本を選ぶ習慣をつけてみたんだが、これがもう良いのなんの! 安い金で読めて、しかも面白いし、俺の様に学の無い人間でも面白おかしく読めてしまああ!」

「熊さんがそう言うなら、絵本か滑稽本こっけいぼんと言ったところか?」

「おう、俺が読むのは滑稽本や読本よみほんだ。だけども最近の貸本がすごいのなんの、小難しい話は無し、義理人情も簡単至極、かっこいい主人公が怪力無双で快刀乱麻かいとうらんまの大活躍で一件落着! ぺらりと一瞥いちべつしただけで、途端に五臓六腑に面白さが染み渡るという感じさ!」

「ほーん、最近の読本はいわゆる敷居が低くなったのか」

 八っつぁんと呼ばれた男が感心した様にそう言うと、熊はニヤリと笑って畳みかける。

「そう! そこで俺は読本作家になろうと思ったのさ!」

 自信満々の熊、また始まったよ……と冷笑半分の八、それを見ていたゲストも何人かは釣られて笑った。

「読本作家になるって言っても、熊さん字はまともに書けるのか? それ以前に読本を書けるだけの経験はあるのかい? いきなり書くったって、言うは易く行うはかたしと言う奴ではないのかい? 素人が書いてもつたない文章にしかならないんじゃねえのかい?」

「なあに、拙い文章でも人気絵師がついてくれれば売れるのが現代の読本と言う奴なのさ!」

「こいつは呆れた。お前さんは本を書きたいのか、そうじゃないのかどっちなんだい?」

 なじる八っつぁんの言葉に、熊は両手を振って否定する。

「いいや、もう構想も大体出来てるぜ。えない主人公が馬に蹴られておっ死んじまって、それを見ていた仏様が昔のから天竺てんじくにでも生まれ変わらせてくれて、まるで大将軍足利尊氏みたいに悪党共をちぎっては投げ、ちぎってはぶった切り、可愛らしいお姫様達にキャー素敵! と言い寄られるって感じでさあ!」

「そんなのが売れるのか?」

「売れるさ! 何せ俺が読んだ読本は大体全部そんな内容だったからな!」

 これにはゲストは吹き出すやら、苦笑いするやら、村人の二人はお辞儀をして、奥の部屋へと消えていった。


 ところでこの村は一つだけ嘘をついている。村人達が江戸時代の生活を再現して、江戸時代の人間の様に装っている事では無い。大江戸八百村の人達は江戸時代の村人を装っている事そのものが真っ赤な嘘なのだ。

 大江戸八百村はテーマパークではない、今も江戸時代の生活を守っている村なのだ。

 人間は順応をする生き物だし、実際に江戸の人々は新しい物には食いついた。その性質とは逆の人々が居てもおかしくはない。

 その結果、大江戸八百村の住民達は客人を見ても、そう言うものと受け止める習慣が根付いた。時代劇の撮影に協力して欲しいと依頼が来ても、それを受け入れた上で染まらなかった。客人の持つ外貨や機械を知識や常識として理解し、それでいて客人達の習慣に羨望せんぼうをしない、そんな人達が大江戸八百村の住民として住み続いたのである。

 そんな馬鹿な! と、そう思う方も居るかも知れない。しかしよくよく考えて欲しい、昔は良かったと事ある毎に口に出したり、時代劇を観て羨望や郷愁きょうしゅうの念にられる人、現代社会に嫌気がさしている人は少なからず居る。そう言った人々が大江戸八百村に適性を持っていたり、移住するのである。

 あなたもいかがだろうか? 大江戸八百村は、来る者拒まず去る者追わずです。

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