第百四十七夜『マネしてはいけない手口-right moral-』

2022/10/13「土」「井戸」「いてつく才能」ジャンルは「ギャグコメ」


 俺には他人に言えない趣味があった。ネットに完成する前のイラストを載せているマヌケから線画であったりラフ画を盗用し、画像生成AIにかけるのだ。こうする事で、その下書きが完成した絵になる前に俺がその絵を描き上げた事になる!

 勿論この事は誰にも言わないし、公表もしない。もしも公表して、この絵は俺が描いたと主張した場合、本来の持ち主が下書きを公表していた時刻から照らし合わされ、俺が盗用をした事が露見ろけんする事は想像に難くない。俺は作者よりも早く、その絵を描き上げて世に出たのを観たと言う満足感さえあれば、それでいいのだ。

 俺は作者が描き上げるより先に結果を観る事が出来る。その優越感ゆうえつかんで、俺は幸福感に満ち溢れた。

「俺はそこらの凡百の人間よりも偉い……いや、それどころか実質的にイラストレーターよりもずっとえらいんだ。何せ作者が描き上げるよりも先に結果を知る事が出来るのだから」


 そんな日々が続いたある日、俺に一つの転機てんきが訪れた。

 俺はいつも通り、ネットで未完成の下書きを漁っていると、以前目をつけた人物がソーシャルネットサービスのアカウントを凍結しているのを見つけたのだ。

 俺のこの事に気が付くと、自然と口から笑みがこぼれた事に気が付いた。

「あの下書きは完成せずに、作者は筆を折った……つまり、あの絵の完成形を知っているのは世界に俺一人と言う訳だ!」

 別に俺が作者に成り代わり、世に完成した絵を公表する積もりは毛頭無い。ただ、ちょっとだけ信頼しんらいできる友人に見せつけるだけだ。鍵をかけた上でならネットで公表するのもいいかも知れないが、出来る事なら生の声を画面を通さずに知りたい。やはりまずは直接信頼できる友人達に見せつけることにしよう。


「すごい! プロ並みの実力じゃん! これお前が描いたの?」

「お前が絵師だったとはなー、しかも滅茶苦茶うまい。これ筆一本で食っていけるのでは?」

「ひょっとして天才なのでは?」

 明日が休みの土曜日の夕飯時、井戸端会議がてら例のイラストを見せたら、それはもう、べためされた。こうも褒められるといい気分になってしまう、謙遜の一つもしたくなる。

「いやいや、俺なんて全然まだまだです。ただの落書きですよ。あの絵もパパパッと時間を全然かけずに書いた物ですし」

 ある事無い事を滅茶苦茶めちゃくちゃに言った気がするが、実を言うとよく覚えていない。何せ相手は失踪しっそうする形で筆を折ったのだ。あの絵をどう言おうが、誰から指摘される事があるだろうか? そもそもこの絵は俺の手元にあり、どこかに拡散したり貼ったりもしていないのだ、そもそも露見する事が土台あり得ない。


「お前が切犬ぎれいぬ拍郎ぱくろうだな? 御同行願おうか」

 その日は突然訪れ、俺は手が後ろに回った。

 全く訳が分からない、俺はネットに盗用した絵を自分の絵だと喧伝したりはしていない。それだと言うのに著作権侵害ちょさくけんしんがいなんてものが成立するのか? そもそも著作権侵害はこの様に自宅まで来た警察官けいさつかんに確保される様な罪だろうか? 俺は法律に明るくはないが、著作権侵害の疑いがあったら書類やら招集がかかるものではないのか?

 俺は訳が分からないまま、自分の無罪を主張するために抵抗せずに警察に従った。

 俺の脳内では、ネット上に俺がAIに描かせた絵がどこからともなく拡散され、その絵に心当たりがある人間からの証言で俺の元に辿たどり着く様子が鮮明せんめいかんだ。それが是だとしたら、俺は信頼していた友人達に、わざとでないにしても結果として売られたことになる。

「あの絵からお前を割り出すのは苦労したぞ。お前があの絵を描いた、間違いないな?」

 取調室でマンツーマンで向き合った警察官が俺に問い詰める。俺は何を聞かれても黙るか正直に話すかする積もりだ。罪は軽い方が良い。

 だが、まだ分からない事がある。著作権侵害でわざわざ警察が家まで来る事が信じられなかった。

「あの絵は確かに俺がAIに描かせましたが、俺の手で描いた物ではありません」

「AI……? そんな事はどうでもいい、画材や手段はともかくお前が描いた物で間違いないな?」

「はい、間違いありません」

 警察相手にうそを吐いたり、下手に黙るよりは正直に話した方がいいだろう。ヘタクソな抵抗は試みれば試みるだけ罪が重くなると、そう聞いた事がある。

 俺がそう考えて、絵を描いたと認めると、警察官はニヤリと嫌な笑いを零した。

「そうかそうか、自白したな切犬拍郎……いいや、虎狼痢コロリ毒座衛門ぶすざえもん! お前の描いた絵と、殺人現場に残された証拠品の筆跡が一致した! 貴様には今度と言う今度は罪をつぐなってもらうぞ!」

 警察官の宣告に、俺は血の気が引いた。警察は確かに絵を辿って俺を逮捕した。逮捕したが、俺は殺人犯と人違いをされてしまったのだ!

「違う! 俺じゃない! あれは俺がネットで拾った絵をAIに頼んで完成させてもらったんであって、あれは俺の描いた絵じゃないんです!」

「ほう、斬新な自己弁護だな。そもそもお前はさっき、あの絵は自分で描いたと白状したではないか! 画材や媒体ばいたいがどうであろうが、関係は無い!」

「違うんです、本当なんです! あれは俺がネットで出来心で拾って、その人は失踪していて、今となっては連絡先も名前も住所も分からなくて、でもその人が描いた絵であって、俺は何の関係も無いんです!」

 俺は何ひとつ嘘を吐いていない。出来心でイラストを盗用したのは本当だが、それだけだ。増してや人殺しなんて俺の様なちっぽけな人間に出来る訳が無いのだ! 俺は俺を尋問する強面の警察官に、必死に無実を訴えた。

「嘘を吐くのもいい加減にしろ、嘘つきは人殺しの始まりと言うぞ?」

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