第六十三夜『事故物件ロンダリング、あるいは不法占有奪還-Phantom Pain-』

2022/07/12「白色」「コタツ」「無敵の主人公」ジャンルは「邪道ファンタジー」


 これは俺が不動産に勤めていた頃に体感した事件だ。

 うちには様々な訳アリ物件を扱っている。そういう物件は格安で貸すとか、或いは短期間だけ住居に住んでもらう短期バイトを使う、こうすれば前に住んでいた人の身に何かあった訳アリ物件ではなくなり、見事ロンダリングに成功すると言う事だ。

 しかし、俺は書類整理をしている際に奇妙な物件情報を発見した。無論訳アリだから安いとか、ロンダリング済みだから訳アリなのに普通の値段と言う意味ではない。阿漕なやり方をしているうちにも関わらず、遊んでいる物件があるのだ。

 この事を先輩方に訊ねたが反応は芳しくなく、その物件は無い物として扱っていると言うか、腫れ物に触るような感じだ。

「その物件の事はいいんだよ、詮索しない方が良い。幸い維持費もかかっていないしな」

 維持費がかかっていないって言うのはどういう事だ? 土地があって部屋があるなら当然諸々の費用がかかるのでは? 先輩の言葉が本当なら、その物件は遊んでいるのではない、うちが保有していないと言う事になる。何か事情があるのだろうが、普通に考えたら異常事態以外の何でもない!

 俺は詮索しない方が良いと言う言葉と、状況の不審さから好奇心が助長され、件の遊んでいる物件を訪ねる事とした。


「これは……話にならんな」

 住所の示す場所はアパートだった。それも普通のアパートではない、一瞥した所幽霊屋敷か何かと見紛うアパートだ。建物はそれなりに大きいが壁は老朽化してボロボロ、周囲は草が伸び切ってぼうぼう、部屋には灯り一つ灯っていないし、これは偏見だが外観を見るに中は有害な粉塵が酷そうで、オマケにメジャーな交通機関から遠ければ、近くにコンビニエンスストアも無いと言う十重二十重苦と来たものだ。

「放棄していれば管理費はかかっていないと強弁出来るかも知れない、だが辺ぴで不便とは言え、腐っても土地に維持費がかからないと言うのはどういう事だ?」

 俺は好奇心に背中を押され、アパートの調査をする事にした。何、誰かに何か言われても権利はこちらにあるのだ、何も危険な事は無い。

 そう思いながらアパートの敷地内に入ると、何やら違和感を覚えた。一番奥の部屋から人の気配がする! 気配と言う表現が非日常的ないし気取っていると言うのであれば、生活音とか生活感と言い換えてもいい。とにかく、あの奥の部屋からは住民が生活をしている感覚がするのだ!

 全くふざけた話だ、あの部屋にはホームレスか半グレか家出した子供が住んでいるのだろうか? それならばこちらとしても然るべき対応を取らねばならない! 先輩方はこの事を知っていて、ダメになっている家屋だからと目を瞑って居たのだろう? 言語道断だ! その様な例外を認めていたら、不動産業は成り立たない。第一、家屋や部屋には占有が認められるのだ。居住を黙認していたら、うちの不動産が他人の所有になってしまう恐れがあるし、かと言って期日を設けて占有者に立ち退きをさせるのも相手方がゴネたらどうなるか分からない。正当性の無い占有行為であるならば、一言ガツンと言ってやらねばならない!

 俺は奥の部屋からする生活音に耳を向けながら前進する。

「ただいま! ママ、今日のご飯は何?」「おかえりなさい、今日はハンバーグよ」「やったぁ!」

 最早生活音ではない、普通に一家団欒の声と料理の匂いがして来たではないか! これは言い逃れが出来ない。書類の上では遊んでいる、うちの不動産に住民が居るのだ、どんな事情があるかは知らないが、これは利権と金銭をきっちりさせないといけない。無論殴りこんで怒鳴るのは悪手だろう、こちらに賃貸権がある事を表示しながら世間話でもして、また伺いますよと今日の所は調査だけにするべきか。最悪の場合、絵に描いたようなインチキ弁護士がうちにやって来て、占有の事実が長期間に渡って認められ、うちは所有権の表示をしなかった為、この不動産の権利は相手方にあります! とメガネをクイッと指で押しながら書類の束を持ち込んでくるかも知れない!

「ただいま! お、いい匂いだねえ」「ああ、パパお帰りなさい!」「お帰りなさい、あなた」

 頭の中で最悪のシュミレートをしていたら、部屋の中では何時の間にか登場人物が増えていた。父親らしき人物が扉も開かずに登場した事が一瞬疑問だったが、俺の脳内には更なる悪質なビジョンが湧いて出て来た。俺はこの光景を見た事がある、昔観た探偵物のドラマにあった、犯行グループがアパートの床を掘って地下トンネルにすると言う作品だ!

 よもや俺は大変な現場に居るのかも知れない、これは引き返すべきだろうか? 今あの部屋の中に居るのは、窃盗強盗の大ベテランだと言う可能性も生じてしまったのだ! 俺があの扉を開けたが最期、秘密の犯罪アジトを知られてしまったので帰す訳には行かない、死んでもらう! と猟銃か何かで撃たれるかも知れない!

「うん、お客さんが来たみたいだ」「え、この時間に?」「僕の事はいいから、冷めないうちに食べててくれ」

 俺は部屋から聞こえてくる声に、肝を潰してその場から早急に走り去った。後ろを振り返る余裕は無かったが、俺の脳内ではアパート中の扉が開き、俺を射ぬかんとする住民達の姿が鮮明に想像できた。


「詮索するなと言っただろう。まあいい、君が無事帰って来て良かった」

 あの得体の知れないアパートから生還した俺は、先輩に余計な質問をしてこってり絞られていた。

「無事帰って来て良かったって、先輩はあのアパートで何が起こっているか、具体的に知っていたのですか?」

 俺の質問に対し、先輩は眉間に皺を寄せつつも丁寧に説明してくれた。

「具体的に知っているか、具体的には知らないかは聞き手の受け取り方次第だな。あのアパートは一言で言うと一種の迷い家だ、入ったら二度と出られなくなる人喰いアパートと言ったところだな」

「人喰いアパート?」

「ああ、私が勝手にそう呼んでいるだけだがな、時々あのアパートに行って帰ってこれなくなる奴が居るんだよ。聞いた話を総合したところ、好奇心やら幸福やら家族やら金銭やら食べ物に飢えた人間が帰ってこれなくなるのではかろうかと推測出来る」

「行方不明者が出ると言う事ですか? なんでそんな家屋を遊ばせておいて、更地にしないのですか? そして何よりなんで俺に詳細を教えてくれなかったのですか?」

 俺は心胆に何とも言えないドス黒い靄を感じながら先輩に疑問を投げかけた。だってそうだろう、先輩の説明不足で俺は危うく人喰いアパートに飲み込まれるところだったのだから!

「いいか? 繰り返すが、あれは一種の迷い家なんだ。廃屋だの、人知を超越した建物だと知っていると見つける事すら出来なくなる。そして迷い家は本来人間に福をもたらす存在だ、つまりあれを人喰いアパートと知らず、所有している事こそが一番都合がいいんだ」

 なんだそれは? 俺はそんな身勝手な都合のお陰で生贄にされかけたのか?

「そう言うな、うちが迷い家を所有している事でお前みたいなバカな好奇心を持つ社員以外に被害者は居なくなったんだ。第二に、うちが扱っている訳アリ物件、何か霊障が起こったとか聞いた事はあるか?」

「いいえ、ありません」

「そうだろう、言わば万有引力の法則だよ。あのアパートは霊にとって集合住宅だが、ブラックホールでもあるのだろうさ」

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