第五十六夜『思いもしない大事件-Nothing comes of nothing-』

2022/07/05「北」「鷹」「ねじれた存在」ジャンルは「王道ファンタジー」


 ここは宇宙のどこか、人工の衛星の中の観測室。周囲には天球儀が無数に設置しており、更には機械で出来た猛禽類がその側で何やら文字通り目を光らせていた。

「大変です、予想外の出来事です。こんな事はこれまでありませんでした! どうしましょう」

 この衛星の住人らしい男性が心底驚いたように、しかしどことなく安穏な様子で火急を告げる。

「どうしましょうも、こうしましょうも無い。何があった? きちんと報告をしなさい」

 男性の上司らしい女性が、男性とは対照的に冷徹かつたしなめる様に言う。その言葉を聞いた男性は、何やら良い事があった様ににやけながらほほ笑む。

「何が合ったと言いますか、そのとにかくこれまでに無かった予想外の出来事なんですよ! 何があったと思いますか?」

「どうしたのですか? 外の神の眷族が地球に流れついて何かしたか、それとも血迷った人類が外の神のカルトでも新しく興しましたか?」

「ぶぶー、ハズレ。もとい、先輩はその程度の事は普通に想像がつくでしょ、僕は予想外の出来事と言ったんですよ」

「では、妖精が新しく王になる剣でも作って人間に渡しましたか? あれは現代に起こり得るとは思いません」

 先輩と呼ばれた女性の予想に、男性は嬉しそうに答える。

「おしい、良い線行ってる。でもまだ全然遠いですね」

「では逆に妖怪か悪霊が人里に陣取り、子供を取って喰おうとしたとか? これならば地球の中で完結するし、現代でそれなりに起こり得るでしょう」

 女性は冷静に理論立てて答えるが、男性はこれ可笑しそうに否定する。

「いいえ、違うんですよ。そういう理屈の問題じゃないんです。全然遠いし、全然違います」

「ではやはり地球外からの干渉ですか、地球外生命体がアブダクションやらテレパシーやら頭脳流出でもしに地球に来たか……或いは逆に、まだ宇宙進出していないあれらの地球の何れかの中で、何かの拍子で宇宙へ飛び出してしまった地球人が居る。そう言ったところでしょう」

 そう言って女性は、衛星内にある無数の天球儀の複数個に指と目を向けた。それらの天球儀の中には、青い星の周りに何やら光が点滅して見えていた。

「あー違うんですよ、宇宙は全く関係ない。宇宙から地球も、地球から宇宙も、特にこれと言って警戒したり書き留める事は無かったです」

「空でも地上でもないとなるとあれですか、悪魔か魔神の類が活性化して人間を陥れ……」

「違います」

 男性は面白がって女性の言葉を否定するのに飽きたのか、つまらなさそうに食い気味に女性の言葉を否定した。そしてこれには、女性の方も遂に痺れを切らした。

「いい加減にしなさい。あなたにはどの地球に、どんな事件が起こったか、記録する義務感が無いのか。それとも、観測と記録をするだけで干渉が許されない仕事に飽きでもしたのか。答えなさい」

 女性は手に持ったペンを男性の喉元に突きつけた。ペン先が男性の喉に刺さり、血の玉が生じる。これには男性も両手を挙げ、大慌てでペコペコと反省のポーズを取り始める。

「待って先輩、降参、降参するから許して、ふざけてすみませんでした!」

「それでいい、それで今日はどの地球にどんな事件が起こったと言うのです?」

 女性は男性が謝罪するのを見て、満足してペンを下ろす。もっとも、男性がもう一度ふざけたり職務を蔑ろにしたら、もう一度刺すと目で語っているが。

「それが無いんですよ」

「無いとは?」

「ええ、無いんです。観測したり、書き留めたりするべき事件が一個も無いのが事件。計器の故障かなーと思って機械の鷹の様子を見たけど、何も異常無し。こんな日は初めてですよ、全く」

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