第三十七夜『星のおじさま-Kinematic Travel-』

2022/06/16「宇宙」「車」「輝く世界」ジャンルは「学園モノ」


 うちの大学に不思議な男がやって来た。芥子からし色のコートを身に着け、丸メガネをかけ、長い髪を後ろで縛ってふさにした、枯れ木の様な印象の体格だが、体の内側には活力がみなぎっている様に見える、優しい顔をした男だ。

 その男はうちの学部の先生の古い友人という話で、空を飛ぶ黒塗りのスーパーカーに乗ってやって来て、その愛車は駐車場に停めた。

「あの車、人工知能を搭載していて学習するんだ。それに人格だって持っている。きっとおどろくぞ、何せ色々な事を知っているからな」

 いや、普通に考えて車が喋る事よりも、車が空を飛ぶ方が珍しいのではないですか? そう口に出すと、教授は何とも言い難い曖昧な表情を浮かべた。

 その男はシロガネ・マクヤと言う名前で、普段はあちこちの星を旅し、ルポルタージュを書いたりして暮らしているらしい。その道中でいざこざに巻き込まれる事もあるが、何でもスーパーカーのドライビングテクニックはベテラン級、拳銃小銃合わせて十段の黒帯で、傭兵まがいの仕事や危ない橋を渡った経験が豊富にあり、シロガネさんをモデルにした映画は数え切れないほどあるらしい。

「何ですか、それ? 新手のホラ話? と言うか銃に黒帯とか段位ってあるんですか?」

「黙ってろ、今日の出席点やらんぞ」


 シロガネさんの特別講義は普段の教授の退屈な講議と違い、実に面白かった。本当に教授の友人か疑わしいほどだ。要点を読者に伝える記事のまとめ方、正しいレポートの書き方、そして何より文学としてのルポルタージュ! こんな授業なら寝ずに聞いていられるし、レポートだってスイスイ書けるから大歓迎なのに!

 そして講義を聞いた今なら、シロガネ先生が映画の元になった冒険や経験を重ねて来たと言う教授の寝言も信じられる。血沸ちわ肉躍にくおどる迫力の映画を何本も観たかの様な感覚だ! 俺もああなりたい、と言うかならないといけない! 俺も星から星を旅して、俺の足跡が映画になる。そんな生き方をしたい!

「先生! 俺も先生の様に星を股にかけた冒険をしてみたいです! どうしたら先生の様な人生が送れますか?」

 講義が終わり、片付けをし始めたシロガネ先生に質問をすると、シロガネ先生は柔和な笑顔で俺に言った。

「簡単な事です。地に足が着いた生活を続けて、危険から距離きょりを置く事。そうすれば自然と私の様になれますよ」

 そう言うシロガネ先生の柔和な顔には、苦労のあとと見えるしわが刻まれていた。

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